陽だまりのシンボルの一つである「あっくんバス」。Doナツワークショップの主宰者Hidechanのお力添えをいただいて,この度リニューアルすることになりました。晩秋の晴天に恵まれた24日(土),年長大空組と学童を対象にワークショップを行いました。背景の大空が描かれたバスに,空を飛ぶ(飛ばせたい)ものを描くというものでした。約2時間の作業で,思いを空に浮かべることができました。
移転準備委員会主催事業ということでしたが,正直あっくんに頼りっぱなしになってしまいました。移転準備委員会の中で,卒園児から「何で塗ってしまったの?」という自分たちの思い出の中にある風景が変わってしまったことに対する「寂しさ」が紹介されました。その時を過ごした者のみが共有できるライブ感はとても大切です。それを保存して守って行くものもあれば,姿を変えながら継承してくものもあります。今回のバスペインティングは後者を選択した結果です。これまで刻んで来た思い出を次に繋げるためのリニューアルです。民家再生による園舎移転も同じです。現在の地主さんも「本当に保育園にもらってもらってよかった」とおしゃっていました。これまでは自分の家族が思い出を刻んできた大切なものを,乳幼児期を過ごす子どもが継承してくれるからだと思います。「Re」の時代における最先端の取組みであることを今一度皆さんと共通認識をしたいと思います。
2010年10月アーカイブ
今月16日に,現在の園舎で迎える最後の運動会が行われました。前夜までの大雨とはうってかわり,陽だまりではめずらしく晴天に恵まれました。毎年,この運動会で脱皮する子ども達,とくに年長大空組の取組みの「結果」に注目が集まります。その姿に「憧れ」をもつ園児達,それを「再確認」して今の自分を見つめ直す学童達。そして,その姿に一喜一憂する大人達・・・だからこそ,陽だまりの運動会には独特の雰囲気があるのだと思います。
園長こといずみちゃんのナレーションに日頃の保育の「プロセス」を読み取ることができます。今年の園全体のスローガンは昨年に引き続き「一体感」。夢から大空まで,それぞれの発達段階の中で見せる最高の姿は,大きな感動を与えてくれます。今年のナレーションの中で一番印象深かったのが,「特別なトレーニングを経て大技をクリアするのではなく,仲間と共に乗り越えていこうとするプロセスに意味がある」という言葉でした。"Training" はご存知のとおり,訓練とか練習という意味です。つまり,「結果」を求めて行う教育的行為であるといえます。そのため,いい点数をとった者が褒められるという仕組みになります。しかし,幼児期の肯定体験が自己肯定感に繋がることは明白です。そんな時期に「仲間」を意識できる成功体験を共有できることが,後の教育のなかで自分を見失うこと無く,他者の立場にたてるという社会性を育んで行く土台になります。だからこそ,真に「優しく」なれるのでしょう。(こんなことを書いている私自身は,親としてなかなかこのような支援はできていないのですが・・・)
今年の大空フラッグは,夢から大空までのアイデンティティカラーを藍染でパイピングしたものでした。6つの旗を手縫いで合わせて一つにする。まさに「一体感」をテーマにした大空の取組みであると同時に,自らが今手に入れなければならない課題を見つめているようでもありました。大空がみせた演技は,もちろん皆さん感動されたことと思います。毎年同じプログラムを繰り返しているようでも,その年々の子ども達の「多様性」を考慮しながらプロセス重視型の保育を保障している結果,私たち保護者に「同じような」感動をもたらしてくれているるのでしょう。だからこそ,「今年の」大空に陽だまりを支援する大人全員でエールを送ろうではありませんか。つなぎ合わせた6枚の布を囲む藍染布のように・・・
園長こといずみちゃんのナレーションに日頃の保育の「プロセス」を読み取ることができます。今年の園全体のスローガンは昨年に引き続き「一体感」。夢から大空まで,それぞれの発達段階の中で見せる最高の姿は,大きな感動を与えてくれます。今年のナレーションの中で一番印象深かったのが,「特別なトレーニングを経て大技をクリアするのではなく,仲間と共に乗り越えていこうとするプロセスに意味がある」という言葉でした。"Training" はご存知のとおり,訓練とか練習という意味です。つまり,「結果」を求めて行う教育的行為であるといえます。そのため,いい点数をとった者が褒められるという仕組みになります。しかし,幼児期の肯定体験が自己肯定感に繋がることは明白です。そんな時期に「仲間」を意識できる成功体験を共有できることが,後の教育のなかで自分を見失うこと無く,他者の立場にたてるという社会性を育んで行く土台になります。だからこそ,真に「優しく」なれるのでしょう。(こんなことを書いている私自身は,親としてなかなかこのような支援はできていないのですが・・・)
民家再生の醍醐味の一つが「解体」だと思う。数百年の歴史の中で刻まれて来た足跡が手に取るように感じることができるからだ。陽だまりの新園舎として利用させていただく旧高橋邸は,以前にも本ブログで紹介した江戸中期の登録文化財級の民家です。補助金制度の縛りが無ければ,伝統工法のもつ「ゆったり」とした時間の中で丁寧に解体し,刻まれて来た履歴を確認しながら民家に感謝を込めたいものです。
既に移転予定地には解体された構造材が到着しています。解体が終わる前に移築前の梁構造をどうしても記録したく,10月8日にあっくんと一緒に解体現場に行きました。既に番付けが終わり,解体も最終段階にきていました。丁度お昼休みで作業がなかったので,足場の上にあがり屋根のサス構造を撮影しました。かつて養蚕を営まれていたとのことで屋根裏部屋もあり,非常に背の高い構造であることが写真から伝わるでしょうか?この構造の南側半分が土間から見上げることができる園舎に生まれ変わります。どうです,わくわくしませんか?
全体を納めた後,内部の足場にあがって大黒柱や通し梁など梁構造を記録し,最後にサス構造を内側から見上げるショットを撮影しました。現代のように道具の数も性能もないなか,木を本当に生かすという思想の素晴らしさ,それを実現する技の凄さを感じずにはいれません。
民家の基本的な構造は同じですが,建築される場所,木材の性質,大工の業など「多様な」個性を家という一つの「かたち」として調和させています。現代建築の「規格」とは真逆の考え方かもしれません。これからの社会が多様な価値を認め合い,伝統的な知識を保存継承していくためにも,民家の利活用を推進していくべきだと思います。しかしながら,それを容易にしないのが「基準」という名の均一的な価値観です。この壁は「伝統」という軸からみると大変に高いものです。再生される陽だまりの新園舎も多くのところで,この壁を越すことができません。しかし,今回の陽だまりの民家再生による園舎「創り」の社会的意義は大きいと考えています。この再生が,現代社会の課題に立ち向かう第一歩になります。そのためにも,移転準備委員会として保護者そして地域が再生過程に関わりをもてるよう努力したいと考えています。
既に移転予定地には解体された構造材が到着しています。解体が終わる前に移築前の梁構造をどうしても記録したく,10月8日にあっくんと一緒に解体現場に行きました。既に番付けが終わり,解体も最終段階にきていました。丁度お昼休みで作業がなかったので,足場の上にあがり屋根のサス構造を撮影しました。かつて養蚕を営まれていたとのことで屋根裏部屋もあり,非常に背の高い構造であることが写真から伝わるでしょうか?この構造の南側半分が土間から見上げることができる園舎に生まれ変わります。どうです,わくわくしませんか?
皆さん,お久しぶりです。2ヶ月ほどブログの更新ができずにすみませんでした。サボっていたわけではなく,夏は藍一色の生活になり,土日のない生活を送っておりました。今年は猛暑?酷暑という長い夏でしたが,1ヶ月後には立冬を迎えます。確実に冬が近づいてきています。我が家には大変厳しい数ヶ月になりますが,知恵と根性?で楽しく乗り切りたいと思います。
今日,車中のラジオで「柳葉魚(シシャモ)荒れ」というローカルな天気表現があると紹介していました。柳葉魚は10月から11月の上旬に掛けて水揚げされる,これから旬の魚です(一年中ノールウェー産を食している現代人には感覚がないかもしれません)。この頃に,西高東低の冬型の気圧配置に変わり,海が湿気けることから名付けられたそうです。このような自然と向き合う日本人の感性を大切にしたいですね。
さて,しばらく間が空いてしまいましたので何から記事にしようか迷いますが,やはり実りの秋ということで,合鴨米の収穫から始めたいと思います。9月29日,秋晴れに恵まれた午前中,大空・虹・風組の恊働作業により約2時間半の稲刈りをしました。今年は昨年に比べて段違いの広さで,約2瀬くらいあったと思います。半分位子ども達で刈れれば上出来かなと思っていましたが,何と何と大人の出る幕無し。大空が刈り,虹が田の外へ稲を運び,束ねたものを風が穂架(ほだ)掛けする処まで運ぶ。見事な連係プレーは,すでに縦割り保育の粋を越えていたように思いました。
食育活動で米づくりは多くの学校で行われいます。しかし,最近の小学校ではハサミで稲を刈る(切る?)ところがあるとか。どこまで子どもの力を低下させると気が済むのか。あるいは,本当に刃物が使わせられないほど深刻な現場を抱えているのかもしれません。しかし,仕事には必ず適した道具があり,稲刈りの場合はノコギリ鎌を改良したような鎌だ。半乾燥した藁を効率よく切るように工夫されています。写真は,年長から教わって恐る恐る鎌で刈りとっている年中の姿です。
昨年から始めた合鴨米の取組みですが,土と水と合鴨のコラボレーションに,謙虚に人間が携わることで生きて行く糧である米ができることの喜びを感じ,一粒一粒に宿る「いのち」を認識し,それをありがたくいただくという態度が育てばと思います。アニミズム的感覚が豊かなこの時期だからこそ,じっくりと,たっぷりと米と向き合うことが必要ではないでしょうか。
最近では,穂架掛け風景を見ることは本当に稀になってしまいました。こうすることで,米の熟成を促し,旨味の深い米になっていくのだそうです。今年も,運動会後に足踏み式の千歯こぎで脱穀していきたいと思っています。伝統的な作業を踏まえるほどに,この当たり前の稲作風景を守って来た先祖の苦労を知り,この環境を継承することの意味を感じることでしょう。もちろん,幼児期に高度な理解ができるとは考えていません。だからこそ,保育士や協力いただける保護者や地域の方の労働の姿が重要なのです。大人が田んぼという世界を正しく認識し,その恵みに感謝する姿が側にあることで,子どもの原風景の中に稲作の価値が形成されていくのです。陽だまりのスローガンである「共育ち」という言葉がピッタリの取組みだと思っています。
ご協力いただいた保護者の皆様,本当にお疲れさまでした。そして,今回は風組の力に個人的に感銘を受けました。このプログラムはまだまだ研究の余地がありそうです。みんなで合鴨米2010を食すのが楽しみですね。
今日,車中のラジオで「柳葉魚(シシャモ)荒れ」というローカルな天気表現があると紹介していました。柳葉魚は10月から11月の上旬に掛けて水揚げされる,これから旬の魚です(一年中ノールウェー産を食している現代人には感覚がないかもしれません)。この頃に,西高東低の冬型の気圧配置に変わり,海が湿気けることから名付けられたそうです。このような自然と向き合う日本人の感性を大切にしたいですね。
さて,しばらく間が空いてしまいましたので何から記事にしようか迷いますが,やはり実りの秋ということで,合鴨米の収穫から始めたいと思います。9月29日,秋晴れに恵まれた午前中,大空・虹・風組の恊働作業により約2時間半の稲刈りをしました。今年は昨年に比べて段違いの広さで,約2瀬くらいあったと思います。半分位子ども達で刈れれば上出来かなと思っていましたが,何と何と大人の出る幕無し。大空が刈り,虹が田の外へ稲を運び,束ねたものを風が穂架(ほだ)掛けする処まで運ぶ。見事な連係プレーは,すでに縦割り保育の粋を越えていたように思いました。
昨年から始めた合鴨米の取組みですが,土と水と合鴨のコラボレーションに,謙虚に人間が携わることで生きて行く糧である米ができることの喜びを感じ,一粒一粒に宿る「いのち」を認識し,それをありがたくいただくという態度が育てばと思います。アニミズム的感覚が豊かなこの時期だからこそ,じっくりと,たっぷりと米と向き合うことが必要ではないでしょうか。
ご協力いただいた保護者の皆様,本当にお疲れさまでした。そして,今回は風組の力に個人的に感銘を受けました。このプログラムはまだまだ研究の余地がありそうです。みんなで合鴨米2010を食すのが楽しみですね。
