2010年12月アーカイブ

お守り

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世の中はクリスマスという週末でしたが,現場は急ピッチで作業が進んでいます。週末取材にいく時間がとれず,今日の夕方行くと正に上棟という感じまで木工事が終わっていました。南面と東面の垂木は全て取り付けられていてましたが,棟梁が「勾配がきつくて作業が大変だ〜」とおっしゃていました。傾斜角を聴くと45度ということでした。我が家の屋根勾配もそれくらいですが,屋根が高いため茅葺きの水分をなるべく早く落とすために,雪国ではないのに勾配がきついのだろうと解説してくださいました。

taruki1227.JPG土間ホールの方の棟も上がっています。

hallmuneage1227.JPG乳児棟との連絡通路の木組みも始まりました。

watarirouka1227.JPG管理(幼児)棟の正面玄関の木組みが終わっていました。写真は玄関の差し鴨居ですが,中央に「御守護」と書かれた札が貼られたままになっていました。いつ頃の札かはわかりませんが,何代にも渡って家を守ってきた当主の思いが現れています。

genkan1227.JPG日が暮れてからも作業は続きます。南面の東側(若葉・風組)の下屋の丸太梁が上がりました。12メートルの丸太梁は途中で継いであるとはいえ,やはり圧巻です。この梁より90cm屋根が出て,その内側に濡れ縁ができます。この縁側から多くの「縁」が生まれることを期待してやみません。

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棟があがりました!

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上棟祭から約3週間。管理(幼児)棟の棟がようやく上がりました。工期のない中,天候と戦いながら夜遅くまで作業を続けていただいている職人さん達に頭が下がります。棟が上がると屋根の形が現れてきて,何となく実感が湧いてきませんか。今日は野地板を貼るための垂木が上がってきています。

mune1224.JPG土間ホール部分の丸太梁の組みが終わっています。足場があるので全体像が分かりにくいですが,子ども達が歌ったり,リズムをしたりするときに見上げる梁組みです。

maruta1224.JPG上の丸太梁と移築側の梁が,欅梁の上で交わり,押さえの梁が下の写真のように組まれています。

keyakihari1224.JPG乳児棟は屋根の板金が進んできています。サッシの取り付けも始まっています。

nyuuji1224.JPG今日最後は乳児棟のテラスにできるプールの画像をアップします。各地でホワイトクリスマスになりそうな予報ですが,来年の夏にはここで水浴びをしている乳児さんが見られると思うと,やはり笑みがこぼれます。あっくんは色々な詰めで大変かと思いますが,今出来る支援を皆様にお願いしたいと思います。

pool1224.JPG



Merry Christmas !

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みなさん,クリスマスイブの今宵いかがお過ごしでしょうか?外はクリスマスに相応しく寒さがどんどん厳しくなっていきます・・・子どもが寝静り,夫婦でワイングラスを傾けながら甘〜い時間を楽しんでいることを,自分の妄想を含めて期待しています(苦笑)。

さて,22日は陽だまり恒例のクリスマスパーティが行われました。さわちゃん&ゆうちゃんから写真とコメントを送っていただきましたのでアップしておきたいと思います。



子ども達の唄やオペレッタ,大人達のハーモニーや眼差しが,出席した全ての人の笑顔に繋がって,それはそれは温かい夜を過ごす事が出来ました。子ども達とファンタジーの世界をとことん楽しんだ1ケ月。サンタとのやりとりに心トキメかせ,どんどん世界を広げる子ども達がいました。呟き,閃きは本当に愛しいです。最後にパーティーのお土産,幼児組が作ったツリークッキーにつけた言葉を。

【幸せはね すぐ近くにあるんだって
ドキドキいっぱいの瞳
ワクワクの鼓動
あなたたちの幸せはね
私たちの幸せなんだから】
みなさんに,★Happy★Merry★X'mas★

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今年の大空のクリスマス・フラッグについて一言。昨年の大空が運動会のフラッグを作ったときの手法である抜染を使いました。今回は初めて型染に挑戦してみました。この時期の手の力がどんなものなのか。それぞれの思いの形をカッターナイフで切り抜く。それを12人で場所を決めながら一つの絵を完成させる。ちょっと時間がなくてじっくり活動できなかったのが残念でしたが,いろんな可能性を感じることができました。「みんなで」という活動がまた一つ増えたね。クリスマスおめでとう!



rice-workとlike-work

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最近は行政用語にも横文字が増えてきました。仕事と子育ての両立という議論の中で,ワーク・ライフ・バランス(work-life balance; 仕事と生活の調和)という言葉をよく耳にします。私たちにとって,生活の糧を得る仕事,生き甲斐としての仕事も大切ですが,子育てや地域での市民としての役割も生活を豊かなものにしていく上で大切です。しかし,現代では前者の仕事が生活の大部分を占めるようになり,仕事という意味を改めて考え直すときが来ているとの認識からの議論です。

先日,氏家法人会主催の中村文昭氏の講演会を拝聴しました。残念ながら,別室でのライブ視聴ということで,ダイレクトな臨場感を味わえませんでした。しかし,氏の講演内容の節々に「縁」の大切さが滲んでいて,殺伐とした人間関係が問題とされる社会において,最後は人と人のつながりだけが人を幸せにできるということを,目頭を熱くしながら再確認できました。氏の波瀾万丈な青春時代のなかで巡り会った一人の師匠からの教えを魂で吸収し,感性力で人を徹底的に喜ばせるという「縁」ビジネスを成功させた第一人者だと思います。KUROFUNE COMPANYを設立し,着実に青年実業家として成功され,普通だったら私欲を肥やしてしまうのが一般的でしょう。しかし,彼は師の挫折から学んだことを糧とし,自らの「儲け」を社会に還元されています。耕せ日本プロジェクトでは,ニートと農業後継者不足という社会問題を掛け合わせた取組みです。そして,教育現場における先生の疲れ果てている姿を講演会を通じて痛感され,「あこがれ先生プロジェクト」を立ち上げたり・・・普通の感性では思いつかないような事業を次々と展開されています。

その原動力は何か?「人を喜ばせる」ということが僕は得意である。それを世の中のために使っているだけ・・・いとも簡単におっしゃいます。そんな彼が講演の中で,今の大人は仕事を何のためにやっているのか?生活の糧を得るため,家族を養うため,子どもを育てるためという大人が大半。こんな仕事を彼はrice-workと呼びます。一方,楽しくて,そして世の中をよくするため,社会の役に立ちたいとする仕事をlike-workと言います。どちらが輝いているか?もちろん後者です。そして,こう付け加えられました。rice-workで生きている大人は,仕事の内容ややり甲斐を語るより,「でも・・・,だけど・・・・」というセリフが多い。要は,できない理由,だめな理由,うまくいかない理由ばかりを語り,他人や社会のせいにばかりする。自分で何か前向きに行動していこうというポジティブさがないと。『こんな大人や親にもつ子どもにどんな未来を夢見ろというのか?』 彼の問いが時速200kmで真っすぐ心に飛んできた気がしました。

人の縁を創り出すのは決して偶発的ではありません。自分が動いて,できることを相手に返すことに尽きます。明後日は陽だまりのクリスマス会です。残念ながら職場の忘年会の幹事を務めておりまして行けませんが,きっと素晴らしいファンタジーと温かい気持ちが詰まった会になるでしょう。そして,何と言っても現園舍での最後のパーティです。今までの縁に思いを馳せ,これからの縁を創っていくことの大切さを魂で感じて欲しいと思います。人に喜んでもらうこと,それを日本文化では「おもてなし」といいます。建前抜きの本気の付き合いが,これからの陽だまり保育園が子どもにとって居心地のいい夢の空間になる必要条件です。今の自分ができる最大の貢献を振り絞ることが,本当の意味で親の背中を見せるということにつながるのではないでしょうか。

Merry Christmas, All Friends Living in Hidamari !

合掌!

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陽だまりの再生民家は茅葺き屋根であったため,「合掌造り」という形式です。合掌造りは世界遺産に登録されている白川郷と五箇山の集落群が有名です。上層階級の書院造や数寄屋造などの小屋組に対して,日本の民家に広くみられた構造です。詳しくは専門書に譲りますが,サス構造であることが特徴で,両側から「人」の字形に寄りかかった部材が棟木の点で交差する形状をしています。解体前の交差の様子をみていただくと分かります。

before_mune.JPG二重の天秤梁の上に棟木を受ける柱が立ち始めました。旧高橋家住宅では養蚕が行われた記録が残っていることから,白川郷のような屋根の高い民家であることが特徴です。下の写真からもサス構造の深さを感じていただけると思います。

kigumi1220.JPG土間ホールの上の丸太梁ですが,欅梁の上での接合部分を眺めていると,これからの陽だまりの出発の原点を重ねてしまいます。二百数十年の履歴をもつ民家を引き継ぐことの意味・・・人も二度死ぬと言われます。一度目は生物学的な死。そして,二度目は記憶の中から消えた時の死です。民家も同じではないでしょうか。最近の家は一代でなくなっていくものが大半でしょう。民家再生は民家に刻まれた記憶の継承ということに意味があると考えています。本当は現地で,身内に再生してもらうのが一番家にとっては幸せでしょう。でも,多くの民家が取り壊されていくなかで,継承のかたちを創造し,一棟でも多く後世に残せたらいいなというのが私の思いです。

maruta1220-1.JPG現地では,今この接合部分を押さえる梁の刻みが行われています。写真の古材が欅梁の代わりを務めていたものです。まずこれで丸太梁を挟み,三重目の丸太梁を押さえる梁が一番奥の加工中の梁です。

maruta1220-2.JPG本日最後の写真はアリーナの様子です。乳児棟の1階部分になりますが,ここで目を引くのが現地に生えていた栗の大木がそびえ立っているところです。写真のコンクリート部分の壁に,Hidechanが絵を描いてくださる予定になっています。間もなく左官工事も始まります。多くの方々に支えられての陽だまり民家再生構想なのです。ここでの「つながり」に感謝し,こころから手を合わせたいと思います・・・合掌!

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天秤梁まもなく完成

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穏やかな週末に恵まれています。布団から出たくない・・・でも,一通りの朝の仕事が終わった後に窓から入れる凛とした空気が気持ちがいい。そんな冬の楽しみ方もあるかなと民家に住んでいて思うことがあります。

昨日の日没前に現場にいってきました。土間ホールの丸太梁が上がり始めていました。写真に写っている棟梁との対比で,その雄大さが感じられると思います。この左右に通してある梁と,再生部分の梁が欅梁の上で出会います。

maruta1218.JPG屋根の上では,保育室側の天秤梁が完成しようとしています。これだけ東西に長い天秤梁はさすがに圧巻です。これにサスが組まれて棟が上がる日が楽しみです。年内には屋根が完成すると聴いています。手がかじかむ中での作業です。事故がないことを本当に願いたいと思います。

tenbin1218.JPG乳児棟は床下のコンクリートの流しが終わっていました。

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丸太刻んでいます

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冬将軍にすっぽりと覆われ,本当に寒くなりました。昨夜は我が家も今年初めて雨戸を閉めて休みました。もちろん今夜も雨戸閉まってます・・・この環境は,現場の職人さん達にとって本当に辛いことでしょう。でも,毎日遅くまで努力くださり,ご覧のように移築部分の天秤梁が組み上がってきました。天秤梁は屋根からの加重を特定の梁に集中させない工夫で,構造体をむやみに大きくすることを防ぎます。

tenbin1216-1.JPGこれだけ見ていても屋根のイメージがつかないと思います。解体前の茅葺き屋根の状態を見てもらうと何となくわかるでしょう。三重梁の上に天秤梁を二段に組んで,そこにサス(合掌づくり)を寄せて屋根の形が造られています。

tenbinmoto.JPGなにげに作業されているようですが,その高さはかなりのものです。足場があるとはいえ,かなり不安定ななかでの木組み作業となります。天秤梁が二重に組まれている様子がわかると思います。写真手前の空間が土間ホールのステージ部分です。

tenbin1216-2.JPG土間ホールの舞台上は,新材の丸太で梁構造を表わします。現場では,丸太の刻み作業が行われています。増築部分はおおよそプレカット木材ですが,この部分については伝統的な工法で大工さん達が頑張ってくださっています。

maruta1216.JPG足場に上がったついでに,渡り廊下を上から撮影しました。右に大きく出っ張った部分が絵本コーナーになります。構造的に片持ち梁だそうで・・・

watarirouka1216.JPGそして乳児棟の骨格が完成し,床面の鉄筋部分もほぼ出来上がってきました。今の乳児さんの部屋と比べるのもなんですが,本当に広々としていて,何とも贅沢な空間です。この下にアリーナがあるというのも凄いですよね。次回はアリーナ部分もお届けしたいと思います。

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民意の時代へ

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先日,メキシコで開催されていた第16回気候変動枠組条約締約国会議(COP16)が閉幕しました。10月の生物多様性を話し合ったCOP10では大成功を修めたかと思いきや,温暖化問題ではポスト京都議定書を巡って大論争となりました。生物多様性以上に,二酸化炭素排出量ということで目に見えやすく,CO2削減=経済発展抑制の構図が議論を難航させます。COP10の議論の中で,地球温暖化議論に強いコミットメントが望まれ,議定書の中にも反映されました。日本の生物多様性国家戦略2010の中でも,生物多様性の損失に起因する4つ危機が示されています。

  1. 第1の危機(人間活動や開発による危機)
  2. 第2の危機(人間活動の縮小による危機)
  3. 第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)
  4. 地球温暖化による危機
1.は乱開発の問題,2.は里山などのような放棄の問題,3.は外来種の問題,そして第4の危機として地球温暖化問題が示唆されています。にもかかわらず,COP10の議長国として成功を修めた日本の主張がCOP16では一転して大批判を浴びます。しかし,日本の主張はまっとうであったと思います。

そんな波乱の国際的交渉が進んでいる中,12日に旧馬頭町備中沢に建設が予定されている栃木県最終処分場問題に大きな進展がありました。詳しくは下野新聞に委ねるとして,那珂川町議会にて「建設推進」の決議がなされました。町長のコメントとして,「和見地区の地域振興策について県や地元と相談し、協力していきたい」というものが紹介されていました。しかし,よく考えてみてください。民意の反映というなら,地域振興策のビジョンが示されていて然りではないでしょうか。そもそも,備中沢の生態系の中には,「ヒダクチナガハバチ」「クチナガハバチ」が確認され,生物多様性の観点からいえば非常に貴重なホットスポットということになります。9月に那珂川町にて講演をさせていただいたときに,この美しい里山の風景を内側から,つまり在所の立場から見て美しいと思えるような内在的価値の創造が必要という話をさせていただきました。それだけに,今回の報道は衝撃的でした。今回の決定が本当に那珂川町の民意を反映したものなのか?これまでの合意形成プロセスを見ている限り納得できるものではありません。この地域には鳥獣害対策の一環として,農水省の補助金でイノシシの食肉加工施設ができました。この施設を関東一,あるいは丹波篠山に負けずと劣らないものにしていくことなど,現実的な地域振興を考えて欲しいものです。補助金という甘い汁がないと地域が活性化しない・・・この構図は本当に変えられないのでしょうか。農村地域における民意の集約と活性化は,本当に重要な仕事だと思っています。

内容は全く違いますが,陽だまりの民家保育園構想についても同じような構図が見え隠れしています。そもそも民家再生による建築は「違法建物」というのが,現在の建築基準法の範疇です。それは,まず古材の信頼性として,JAS法に則した木材でないというのです。そして,現在の構造計算の限界,耐火構造でない,など様々な法律の壁があります。もちろん,法律は財産を守るという役割を果たすことは明らかです。しかし,法律は必ずしも民意を反映したものとはいえません。伝統文化の尊重が高らかに教育基本法に掲げられました。では,千年かけて築いてきた日本の木造建築技術とは,日本人にとってどういう存在なのでしょうか。国の理念もぶれていると同時に,私たち生活者の意識もぶれていると思います。陽だまりの民家再生構想の挑戦は,これからの社会を変えていく牽引役となることを私は期待し,下野新聞のコラムでも紹介させてもらいました。地域の将来は地域の民意によって担っていく。そんな時代が来ているのです。小さな政府というのは,このような市民が育って初めて成立するのです。単に公務員の数を減らすということではありません。不景気という目先の状況に惑わされてはなりません。でないと,民意がぶれてしまって,いつまでも課題を解決していく方向に収斂されていきません。子ども園構想についても同じです。大人は常に,誰のための何の議論であるのか。次世代のために,責任をもって世の中の動きを注視する必要があると思います。

なんだか路線が違う記事をアップしてすみません。でも,藍染文化という伝統を保育に取り入れるお手伝いをしている者として,そして里山の風景を愛する者として,ちょっと感情的になってしまいました。お許しください。


欅梁が完成!

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土間ホール正面に組まれた欅梁が姿を現しました。理事長あっくんが,これまで必至に探してきた梁と柱。新しい陽だまりのシンボルとして,そして築200年の履歴を引き継ぐため,施主としての精一杯の思いが込められたものです。当初の思い通りの加工がなされたかという点では,残念ながらイメージと異なってしまった感が払拭できません。しかし,今回のパートナーである職人さん達との精一杯のすり合せはしたつもりですし,現場の皆さんは時間がない中,頑張っていただいたわけです。時間,技,金そして伝統的価値観,さまざまな要因が絡んでの結果として受け止めたいと思います。

keyakihari1213-1.JPG下から見上げると,やはり9メートルの通し梁(どちらかといえば,差し鴨居に近い)は圧巻です。ここに,古民家側の梁と増築側の梁を受けるわけです。

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残念なのは,柱と梁の太さの感じ方が,対比現象の関係から梁の方が細く感じてしまうことです。柱が5メートルに対して梁が9メートルと約2倍ですので,末口に対して根元の太さがもう少しあればと・・・

現場監督との話の中でもよく出てくるのですが,「こういう物件はやはり競争入札で価格を落としてやるものではないですね」と。ご指摘の通りですが,税金を利用する以上,制度的な限界があります。そうなると資金が十分にある,そして工期的な余裕の二つの条件が満たされて,施主が推奨する民家再生に十分知識と技術をもった業者に請け負ってもらうということが必要です。この観点からいうと,やはり条件的には厳しいという他ありません。





しかし,民家再生は人生において運気に恵まれないと実現できません。まずは,再生に値する民家と巡り会うこと,職人はじめ多くの支持者に恵まれること,経済的なバックグラウンドが保障されること・・・などなど。今回の再生にあたっては,あっくんといずみちゃんの保育を次に展開するだけの実績を積んだこと,その成果を保護者そして行政が支援してくれたこと,旧高橋邸とご縁がもてたこと,職員の皆さんはじめ,保護者会の各組織が充実してきたこと,そして何といっても安全安心基金がタイミングよく創設されたことが大きいと思います。その意味では,今のタイミングが陽だまりにとって最良の時だったと言えます。だからこそ,今ある資源で実現できる最高の民家再生になればと願うばかりです。私自身できることは小さいですが,落成式の祝いのときを迎えるまで頑張りたいと思います。

悪戦苦闘の民家再生の脇では,乳児棟との渡り廊下の土台が出来てきました。横に突き出ている部分が絵本コーナーになるところです。

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今日は保育園では洗面鉢を焼くために益子へ,そして明日は保護者会の親父達が茂木で薪づくり・・・と,新園舎になるべく自分達ができることを反映させようとご協力いただいています。本当に改めて陽だまりの大人パワーに感謝です。という私は土曜出勤で午前中は授業でしたが,午後はじっくり現場取材をしていました。というのも,いよいよ再生民家と増築部分を繋ぐための欅梁を上げる作業に入っているからです。

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西側の受け柱がそびえ立っています。重さ約1トンの欅柱に差し鴨居(写真左側)を組んで行きます。まずは,大黒柱に差してから,新しい柱に入れて締め上げて行いく。現場は文字で表わせるほど簡単ではありません。とにかく慎重に事がすすみます。古材と新材を接合するため,とくに手間がかかります。

しかし,本来の在来工法による木造建築というのは,手間がかかって然りなのです。この点からいうと,日本の助成事業は単年度での成果を求められますが,そもそも制度的な欠陥があります。子どもの育ち環境のためにと手間をかけようとしても,制度がそれを許さない。時代は環境対応や伝統文化を尊重しているのにも関わらず,スローに建てることができない。そのギャップが結果としてクオリティを落とすのです。




今回は初めて東側からの写真をアップします。東側の4分の3は増築ですが,南面の吹き抜けの部分には古材が現れるように配置換えされています。

haichigae.JPGそしてもう一枚。土間ホールの梁群を上から撮った写真をアップします。玄関になる辺りから北側を正面にして収めたショットです。手前が移築部分,奥が調理室などの増築部分です。その間に土間ホールのステージがあるという奥行きを感じてもらえればと思います。この空間で展開されるすべての出来事に胸が踊ります。

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油壺

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朝の定例取材・・・欅梁を受ける柱の刻みが大分進んでいました。その様子を撮影しているときに,大工さんから「油壺はどうする?」と声を掛けられました。「(恥ずかしながら)油壷って何ですか・・・」と訪ねると,柱を建てた後に上側の部分に穴を掘って,不乾性油である椿油を入れておくのだそうだ。年月が経つにつれて木に吸収され,欅の光沢が出て来るのだそうだ。そして,木の乾燥を遅らせ,ひび割れを防止する効果もあるとのことでした。先人の知恵というのは本当に奥が深いですね。

kizami1210.JPG移築部分の2階部分が組み上がってきました。新材の部分が2階の床面になります。木を組むという世界のすばらしさと難しさが,新旧の接合面を見ていると分かります。

kigumi1210.JPG今の法律の枠組みでの伝統の限界をご紹介します。柱と梁の接合面にボルトが打ち込まれています。これ木連(これからの木造建築を考える連絡会)においても,伝統建築工法の信頼性が検討されていますが,改正建築基準法に対抗するだけの結論は出ていません。

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欅の梁と柱

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上棟祭の様子が昨日の地元紙に掲載されました。私ども実行委員会としては光栄なことですが,ちょっと行政的なことがあってゴチャゴチャしております。しかし,現場は足踏みしている暇はありません。上棟祭後の初取材となりましたが,土間ホール付近に横たわる大きな欅。今大工さんによって梁と受け柱の刻みが行われています。人の大きさと比べていただければ,その巨大さを感じていただけると思います。写真手前が梁で奥2本が柱です。

kizami128.JPG増築部分となる木組みが大分上まで組まれています。この棟と移築部分を丸太梁が通り,この欅梁が新旧の建物を受ける構造となります。そして,写真の前面が土間ホールのシンボルとなる真壁になります。すでに,左匠の白石さんから沖縄の土を使った磨き壁のサンプルをいただいております。実際に実現したら本当にすごい空間になると,今から胸が踊っています。

zoutiku128.JPGそして,乳児棟の方は着々と姿を現しはじめています。民家再生にかかる手間の違いが明らかです。でも,陽だまりの選んだ道は手間ひまかける園舍づくりです。冒頭に述べた「ごちゃごちゃ」を乗り越えなければなりません。でも,これに関しては個人の力では何ともなりません。まずは,陽だまりが選んだ道を多くの人が支援し,願いを共有することが大切です。

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心温まる上棟祭

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12月4日,前夜の嵐が夢であったかのような温かな晴天に包まれ,多くの人々が集う上棟祭となりました。朝ギリギリまでの準備の甲斐あって,心の温まる一日になったこと,準備委員会委員長として本当に感謝申し上げます。あっくんの「みんなが一つ大きくなる頃に完成します」という,本当にシンプルなコメントが心にしみました。体裁が先行してしまう私とは対照的に,いつも子どもの目線というか,少年のような言葉をかけられる理事長は,そうそういるものではないと思います。本当に素敵ですし,だからこそ縁を呼び込み,人が集まるんだと思います。今日この日を迎えられた理事長,園長いずみちゃん,そして職員の皆さん,本当におめでとうございました。

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上棟祭前夜

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今朝方から激しく降った雨があがったかと思いきや,夕方には雷鳴が轟く風雨が現場を襲いました。上棟祭を明日に控え,現場ではなるべく作業を進めたいところでしょうが,きっと工匠の神が一息入れよと言ってくださっているのかもしれません。保育園では,昨日ついた餅を裕重さん手製の俵につめる作業が行われていたようです。このような藁の文化を何とか継承していきたいものです。桑窪の梵天もそうですが,今の70代以上しか風習に則った業が伝わっていません。見て覚えよというのが常ですが,生活文化の変化により極端に触れる機会が少ない。この心温まる業の美しさをみると,やはり何とかしないといけないと強く思います。

mochidawara.JPG午後,打ち合わせのために保育園に行くと,裕重さんが今度は棟札に墨入れする準備をされていました。墨が滲むのを防ぐために板に白墨を引いてから書くのだそうです。昔はよく書いたのでいつでもできたが,久しぶりなので腕が震えて仕方ない・・・と,周りの視線を浴びながら書き上げてくださいました。「天長地久(てんちょうちきゅう)」とは『老子』七章が出典元で,「天は長く地に久し」と訓読みするようです。天地が永久に変わらないように,物事が永遠に続くことの例えで,家族を守る家の末永い繁栄を祈願するものです。

munehuda.JPG夕方には,ご覧のようにお供え物がお披露目されていました。保育園という大家族が明日の上棟祭のために手間を惜しまず,夜遅くまで準備してくださいました。上棟祭を成功させたいという思いが共有できていることに,本当に心から感謝申し上げます。明日が楽しみです。

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上棟祭のご案内

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今月の"風のたより"にてお知らせされていますが,こちらでもご案内致します。当日は雨上がりが予想されていて,足下が滑りやすくなっておりますので,運動靴などでおいでください。また,現場周辺の駐車は交通の妨げにりますので固くお断りします。下記の場所に置いてくださいますようお願い申し上げます。なお,神事が10時から始まりますので,ご協力お願い致します。

日時:平成22年124日(土)  10時〜13
場所:移転現地(高根沢町宝積寺鷺の谷2062-1)
式次第:
10:00-10:30 上棟祭神事(津島神社宮司)
10:30-10:45 陽だまりっこによる祝いの舞披露
10:45-11:00 もちまき
11:00-11:30 一般客へ豚汁ふるまい(Myお椀・箸をご用意ください)
11:30-13:00 宴会(招待客)
駐車場:計測技研様駐車場(情報の森町営駐車場隣り)


新旧のコントラスト

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今回は昨日と今日の朝の取材からアップします。昨日は再生民家のメインになる土間ホールの梁組(一番大きな梁組)が上がりました。二股に分かれた柱が元の民家の小黒です。こんな使い方は現代ではありえないでしょう。そのときに用意できる材で何とかする。逆に言えば,自然のままを生かすという発想です。全ての柱の個性を生かして,家という調和がとれたものに仕上げる。個性を大切にするという教育思想のお手本のようなものです。

kigumi122-1.JPG現場監督が1本上げるのに予想以上に時間がかかるとぼやかれてましたが,考がえてみれば,均質ではない梁を合わせていくわけですから当たり前です。棟梁が3年ほどかけてつくったんじゃないかな〜なんておっしゃっていました。遅い(スロー)文化とは現代のファストに対していわれていますが,そもそも手間をかけることが必然の社会のなかで,当たり前に行われていたことなんでしょうね。今朝行ってみると,一階部分の梁組がだいたい終わっていました。下屋(げや)を受ける梁も姿を現しています。

kigumi122-2.JPGこの勇壮な姿に対して,現代建築の新しさがアリーナ兼乳児棟です。鉄骨構造の二階建てですが,既にアリーナ部分の三面は土の中に入っています。今赤い鉄骨が見えているのは乳児棟の構造部分です。

new122.JPG建築方法の違いによる新旧の対比もあれば,民家再生の方は新旧協調といったところでしょうか。写真は大空組と虹組の保育室の真ん中に立っている柱です。大黒柱に劣らないほど立派な柱です。これに200年家を支えてきた差し鴨居が四方から交わっています。こうやって,新旧交代しながら家は永く大切に継承されてきたのです。長期優良住宅認定制度などというものがありますが,本来このような思想で継いできた家にこそ与えられる称号だと思いませんか?

kigumi122-3.JPG最後に「梁募金」を呼びかけています欅梁をご紹介します。今,現場で刻みが行われていますが,白く横たわっているのが磨きが終わった状態の梁です。あっくんと「もう少し太鼓梁に近くして欲しかった・・・」と言いましたが,ここまで来たら後にはひけません。棟梁から約4トンあると聞いています。これが,写真に写っている3本の梁を受けるように横たわります。それを受ける柱も新たに欅の新材で購入しました。当初計画より予算がオーバーしていますので,少しでも募金が多く集まることを委員長として願っております。上棟祭当日に上がっていると圧巻だと思いますよ。

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益々繁盛!

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棟上げ祭(「むねあげまつり」が正式な呼び名),いわゆる上棟祭(建前)を明後日に控え,朝から老人会の皆様のご協力で餅つきを行いました。朝園に行くと,大空さんが既に火を起こして,餅米(なおちゃんのお婆ちゃんの餅米)を蒸かす用意が整っていました。これまでの経験が実に生き生きと活かされ,大きくなったな〜と改めて実感しました。そうこうしている間に,一臼目の餅米が蒸け,もちつきの始まりです。

mochi1.JPG手慣れた手つきで,あっという間に光り輝いた餅ができていきます。それでも,時折ゆうじゅんさんから厳しい声が飛ぶ辺り,縦の社会というものを感じることができます。その周りを子どもらが囲んで見ているという風景が何とも言えません。

mochi2.JPG手慣れているといえば,やはり女手のもち取りです。私はこの風景が,餅つきの一連の中で最も好きです。熱い内に手早く一定の大きさに取り分け,それを丸めていく。「手」の集まりの凄さを感じますし,その作業中に話がはずむ。自然と笑顔が溢れる・・・もち文化圏の遺伝子なんでしょうね。

mochi3.JPG今朝妻が,我が家の上棟祭(茅葺き屋根の場合は,「ぐし上げ祭」)の時に教えてもらっていた四方餅の話を思い出してくれました。それらをつくときには,二升五合の餅米を使うというものです。「益々繁盛」を祈念するために,音の語呂合わせで「升(ます)升(ます)半升(はんじょう)」という風習です。既に三升ずつ用意していただいていたので申し訳なかったですが,ご対応くださったこと感謝致します。私は途中で失礼しましたが,午後電話したら無事終わったとのこと。手間のかかった上棟祭当日が楽しみです。お手伝いくださった皆様本当にありがとうございました。

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