2011年3月アーカイブ

昨夜,最後の移転準備委員会を開催しました。落成式の代替を模索してきたのですが,式典形式で開催することはなかなか難しく見送ることとなりました。けれども,新園舎のお披露目を兼ねた何かイベントができないか・・・陽だまりには「歌」があるということで,今回の大震災による深い哀しみを乗り越える応援歌を届けられないかと考えました。子ども達の歌声はやはり多くの大人の心を動かします。そこに,陽だまりの大人も乗っかって,新たなスタートを被災地と共に切りたいということになり,チャリティコンサートを企画実施することとなりました。先週も地域交流関係にあった陸前高田への物資支援が募集されていましたが,コンサートに強いメッセージ性をもたせるために,「陸前高田に応援歌を届けたい」と銘打って,町の方との連携を模索することになりました。後日,「風のたより」でコンサート実行委員会を組織する話が出ると思います。多くの皆様のご協力を得まして,歌声(DVD)と義援金を届けたいと考えております。

日時:平成23年515日(日) 14:46(震災発生時刻) 17時頃終演
場所:陽だまり保育園新園舎土間ホール
内容:コンサート,模擬店による夕食(軽食),チャリティ品販売ほか
次回の会合は移転準備委員会ではなく,チャリティコンサート実行委員会として下記の通り開催します。もちろん,移転準備委員会の現メンバーは実行委員を務めさせていただきます。そのようなわけで,約1年3か月の長い間活動してまいりましたが,何分力不足で大役に叶った働きは十分ではなかったと思います。しかしながら,職員はもちろんのこと,多くの皆様に支えられて無事落成できましたこと,心よりお礼申し上げます。チャリティコンサートを最後の仕事としますが,移転準備委員会という組織はこれにて。長い間本当にありがとうございました。

第1回チャリティコンサート実行委員会
日時:平成23年413日(水) 18時
場所:新園舎土間ホール
議題:
(1) 町との連携について
(2) 出演団体について
(3) 模擬店について
(4) コンサートの周知について
(5) その他
         

転換

| コメント(0) | トラックバック(0)
震災から2週間。再建に向けたアクションが多く報じられる中,その被害の全容が未だ分からないまま時が過ぎていきます。世界中から集まる物資や義援金・・・でも,効果的にそれらが配分できないという現実が被災者を苦しめています。さらに,福島の原発問題が日々不安を煽っています。天災である地震・津波被害に加え,人災ともいえる原発事故の二重苦が関東圏を襲っています。生きる糧である水を汚染し,食糧に不安を与える一方です。だけど,この国の世論は変化しているだろうか?東電が悪いとか,政府の対応がまずいとか,日々批判のニュースばかりではないでしょうか。

ドイツでは大きな変化が起きました。バーデン・ビュルテンベルク州議会選挙が27日投開票されました。福島第1原発の事故を受けて反原発世論が高まる中,環境政党・緑の党が得票率24.2%で第2党に躍進しまた。緑の党は第3党の社会民主党との左派連立を表明。ドイツ史上初の環境政党出身の州首相が誕生することがほぼ確実となったようです。ドイツではスリーマイル島原発事故以来,原発推進派と反対派が国の世論を二分してきました。ご存知の通り,ドイツは環境立国として世界をリードする国です。そのような国だからこそ,単なるエネルギー問題としてだけではなく,環境という側面も含めて原発に対する関心が非常に高いのです。そして,今回の日本の原発事故から,すぐさま国策としての原発に国民が反応しています。日本では自民党だろうが民主党だろうが原発に対する姿勢は変わりません。それどころか,山口県の上関原発建設を推進する有り様です(山口県は菅さんのお膝元)。生物多様性国際会議(COP10)においても,国際NGOが痛烈に批判していた場所でもあります。世界的に見ても生物多様性が豊かな海域に,なぜ原発を建設するのか?本当にこの国のエネルギーの危機管理はどうなっているのかと言わざるを得ません。

今回の震災から私たちが学ぶべきことは何でしょうか?私は,これまでの常識を見直し,いまこそ私たちの生活スタイルを見直すことが最も大切だと思います。そのためには,定常化・暗黙化してしまった価値を「転換」する必要があります。膨大なエネルギーが必要だから原発を欲するのではなく,原発がなくても持続可能なエネルギー消費のためのスタイルを築かなければなりません。震災後の一時的なエネルギー「供給」不足による節電ではなく,そもそも環境負荷を低減するための節電でなければならないはずです。スーパーの照明が半分以下でも何の不自由もありません。でも,一時的な供給不足が解消されたら再び煌々と明かりをつけるならば,私たちは何も学ばなかったことになります。今回の震災がこの国の新しいスタートラインになることを震災地の復興と共に念じています。
今年も「別れ」の日がやってきました。陽だまりでは同時に「集大成」の日でもあります。担任保育士が思いを込めて率いてきた子ども達の「晴れ」舞台。そう,ここに向いたくて自分を高め,仲間を思い,ときには悔しくて涙し,自分ができても仲間が到達できないことに憂い,そして全員がクリアしたことに歓喜する。そんなプロセスを経て創り上げ,完成した「大空2010」を披露する日です。そんなハレの日に相応しい心遣いが鏤められた空間が,子ども達の思いを増幅させてくれます。震災後の自粛モードで,色々なハレの日が取り止められる中,今年も陽だまりの生活発表会と卒園式が執り行われました。ひょっとしたら,こんな時にけしからんという悪評を園が受けるかもしれないのに・・・子ども達の旅立ちをしっかりと全員で見届け,送り出すことが陽だまり関係者だけでなく,世の中に元気を与えられると願ってのことだと私は理解しています。

life10-1.JPG前日,虹さんが心込めて作る「寿甘」が包装を待っていました。卒園式終了後に皆さんにハレの日の幸せをお裾分けする舞台装置です。この寿甘にはストーリーがあります。このブログでも何回か紹介していますが,合鴨有機米の米粉で作られています。大空の取組みとして昨年から取り入れた合鴨プロジェクト。「食べる」という「つながり」を理解していくために具体化された保育実践ですが,大空のハレの日をその集大成である米を使って祝う。本当に粋な計らいだと思います。同時に,自然とつながることで受けられる恵みと,そして最高に光り輝く憧れの大空を引き継ぐんだという虹さんとのつながりを結ぶ舞台装置だと思います。それを支えてくださるのが地域の知恵者である裕重さんであり,そのお仲間であることが,さらに保育的な意味を深めてくれます。

lifi10-2.JPGこのような様々な思いのこもった舞台の中で輝く子ども達。幼児教育の集大成として,子ども達は達成感に満たされ,それが豊かに生きていく土台となる自己肯定感を育んでくれます。さて,今年はキリンビール体育館が会場となっていたのですが,震災の影響で利用できなくなりました。そこで,急遽新園舎の土間ホールで行うことになりました。移転準備委員長としては,このホールで今年の集大成を見られたことに幸せを感じていました。ハレの日を祝う色である赤を背景にできる土間ホールが,本当に優しく子ども達を包んでいるように見えました。太鼓の演舞でも土壁のおかげで素晴らしい音響であることに,このホールの可能性を証明してくれました。

life10-3.JPGそして,古民家の特徴である縦の空間性の広さが,陽だまり恒例の高〜い竹馬をも可能にします。今年は震災の影響で,ラスト二週間の半分が休園となりました。でも,子ども達は全員竹馬を乗り切りました。年が明けてから竹馬を日常の遊びとする子ども達の姿を何度見たことがか。そんな保育のなかの遊びから,今の自分の中にある「乗りたい」という思いを引き出し,自分が虹までに見てきた何代もの大空が越えてきた憧れに挑む姿をつくっていく保育にいつも感動を覚えます。

life10-4.jpg大空2010を率いてきた佐和ちゃん。彼女自身二人の娘から陽だまりの大空保育の意味,素晴らしさを実感してきたからこそ,本当に色んな思いがつまっていたと思います。保育士として,母として,大人として・・・本当にお疲れさまでした。そして,大空の12人の子ども達に輝きを与えてくれてありがとう。陽だまりのみんなで心から祝福したいと思います。そして,大空2010に最高のエールを!

life10-5.jpg

祝落成

| コメント(0) | トラックバック(0)
三連休明けの22日に新園舎の引き渡しが行われました。仕事の関係で参加することができず残念でしたが,本当にこの日を待ちわびておられたのは,理事長と園長のお二人でしょう。本当に素晴らしい大きな意味のある仕事を成し終えられたと,心からそう思います。ご両人にとっては今後の経営や保育のプレッシャーの方が大きいかもしれません。でも,これまで通り信念を曲げずに,奢らず,謙虚に,だけど粘り強く頑張ってもらいたいと思います。みんなで大きくなった保育園といっても過言じゃない。私なんかは流れ者だから,本当に大変だった頃のご苦労はわかりません。でも,ひととひとの縁がこんなにも大きな夢を実現するんだな〜と,こんな世知辛い社会のなかで温もりを感じながら実感しています。だからこそ,新園舎の空間そのものが温かい。もちろん今までと同じく寒いですが・・・本当におめでとうございます。心からお祝い申し上げ,最高のエールを送りたい。写真の風呂敷と手拭は落成式のために福井染工場さんにお願いして作っていただいたものです。今日はその思いを伝えておきたく筆を取りました。

noshimonyou.JPG
tenugui.JPG
風呂敷と手拭のデザインで共通点があります。おわかりかと思いますが「熨斗」文様です。もともとアワビの乾物を薄く延ばしたものを和紙に挟んで,祝儀や引き出物に添えたのがはじまりとされ,延寿のしるしとしてめでたいものを文様化したものです。今回は,多くの人々とのつながりが末永いものとなることを願って「束ね熨斗」にしていただきました。そして,陽だまり保育園の新しいロゴを配しました。手拭は梁募金にご協力いただいた皆様への記念品としてご用意しました。後日お渡ししたいと考えておりますので,思い出と共にお収め頂ければ幸いです。ここで,あらためまして多くのご協力をいただきましたこと,委員長として厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

さて,ここからは福井染工場とその手仕事のプロセスをご紹介しましょう。宇都宮市三番町の田川沿いに佇む自宅を兼ねた染工場があります。下野手仕事会の会員で,栃木県伝統工芸師,宮のものづくり達人の指定を受ける染師の福井規悦氏が江戸時代から続く家業を継承されております。温厚で実直な氏にご相談に乗っていただき,今回の素晴らしい門出の品を用意できたことを,まずは御礼申し上げたいと思います。まずは,みなさんに理解いただきたいのが,プリント(捺染)ではなく,型を掘って,糊おきして,注染あるいは引き染めをする大変手間がかかる技法で作られていることです。実は,今回の移転準備委員会の経緯をご説明し,製造工程を取材させて欲しいと申し出たところ,快くお引き受けいただきました。作業はお天気に左右されるので取材日は実施日当日の朝に連絡という条件付きでした。しかし,連絡いただいた日に都合をつけることができずに取材が叶いませんでした。本日荷物を取りにいきますと,染色プロセスを全て撮影されたCDが用意されていました。本当に感激です。大学の授業にも使えてしまいます・・・前置きが長いですね〜まずは「糊置き」からです。型を使って,1枚ずつ丁寧に糊を置いていきます。ここで防染がしっかりなされないと,模様が滲んでしまいます。

norioki.JPGtenuguinorioki.JPG
それを天日の元で乾燥させていきます。風呂敷は染色後に裁断して縫製しますので,染める段階では写真のように反物の状態になっています。

norikansou.JPG糊が乾燥したら,風呂敷は「引き染め」を施します。刷毛で染料を置いていく方法です。写真は熨斗文様に薄い青を刺した後に,地の紺色を引いているところです。茶色い部分が糊で防染されるところです。この作業が終わると染料をしっかりと乾燥させます。

hikizome.JPGsomekansou.JPG
そして,固着材を引いていきます。手間のかかる作業です。その昔は,糊落としや仕上げを田川で洗っていたんでしょうね。染屋にとって清らかな豊富な水が確保できる場所に立地したんです。酒屋もそうですが,「水」というのがいかに大切であるかが分かります。

kotyaku.JPG最後に,糊を落として丁寧に乾燥させていきます。これでやっと染め上がりです。陽だまりで4年目を迎える藍染の取組みでもそうですが,とにかく長〜いプロセスに向かい合うことができること。それを大切にしています。現代人はすぐに「結果」だけを問うてしまいます。いわゆる成績主義だとかいうやつです。だから自分で考えて,自分でものごとを創っていく道筋を見通す力が小さくなる。今騒いでいる水道水の放射線量ですが,インタビューを受けている人たちはマスクもしていない。無防備です。なのに情報が欲しいという。当然の権利かもしれないけれども,その前に自分たちでできることを見通そうではないか。反対に,政府はきちんとゴールを示さなければならない。「直ちに・・・」「専門家の意見を踏まえて・・・」しか聞くことができない。本当に無能な対応としか言いようがない。それに比べて,手仕事に関わる方々は柔軟に,そして何通りもの道筋を建てることができます。だからこそ謙虚でいられるんだろうと思います。そんな美学を私たちは取り戻さなければならないのではないでしょうか。

kansou.JPG手拭の方は「注染」という技法で,写真のように染料を注ぎ込んで染めていきます。伝統的な浴衣地の染め等で使われてきた技法です。

tyusen.JPGこちらも,糊を落としてから乾燥させて完成です。こんなプロセスを通して生まれてきた布を皆さんのお手元にお届けしたい。そんな委員会の気持ちが伝われば幸いです。 

noriotoshi.JPG

応援歌

| コメント(2) | トラックバック(0)
被災地は雪・・・本当に厳しい状況におかれています。多くの方々が辛い生活を余儀なくされておられます。なのに,私たちは一体何をしているのか。連日ガソリンスタンドに行列し,中には後先をめぐって小競り合いまで始まる始末。スーパーからあらゆる品が消え,尋常ではありません。本当に物資とエネルギーを必要としているのは被災地です。とにかく皆さん,便乗消費は止めましょう。そして,震災前と同じ生活をしようなどと安易に考えないでください。今すぐ改めて欲しい・・・今日のラジオでもタンクローリーの運転手からのメールが紹介されていました。「関東圏の石油は十分あるのです。過剰消費はどうか止めてください。過剰に反応すればするほど局地的に品薄になってしまいます。慌てないでください。」という内容でした。1時間以上アイドリング状態で行列をつくるより,こんなときこそエコドライブを心がけて欲しいものです。時速40km位が最も燃費を上げることができ,急加速・急停車しないこと,極力ブレーキを使わない運転をすることが大切ではないでしょうか。「忘我自他」の精神で冷静に対処してもらいたい。

昨年,大空(年長)組の親子レクで思い出のある歌を子ども達と一緒に録音しました。今でもたまに聴きますが,本当に心が癒されますし,勇気をもらうことができます。今日もラジオで応援歌を届けたいというメッセージが紹介され,色々な曲が流れていました。そこで,二曲応援歌としてCDから選んでみました。もちろん,ネット事情が悪い中で懸命に情報収集をされていることでしょう。でも,もしこの歌が届けば少しでも心が温かくなるのではと思っています。どうかどうか,諦めないで生き抜いて欲しいと願っています。

はじめの一歩 作詞:新沢としひこ  作曲:中川ひろたか

小さな鳥が 歌っているよ
ぼくらに朝が おとずれたよと
きのうとちがう 朝日がのぼる
川の流れも かがやいている
はじめの一歩 あしたに一歩
今日から
何もかもが 新しい
はじめの一歩 あしたに一歩
勇気を持って大きく 一歩 歩き出せ

信じることを 忘れちゃいけない
必ず朝は おとずれるから
ぼくらの夢を なくしちゃいけない
きっといつかは かなうはずだよ
はじめの一歩 あしたに一歩
今日から
何もかもが 新しい
はじめの一歩 あしたに一歩
生まれ変わって大きく 一歩 歩き出せ


夢わかば 作詞・作曲 二本松はじめ(ぴかりん)

小さな小さな森の中  やすらかなこもれび一つ
小さな小さな夢の種  ぐっすりたっぷり眠ってた
小さな小さな夢の種  大地の栄養吸い込んで
小さな小さな夢の芽が ほっこりにっこり顔出した
 ※ ぼくらは生まれて よかったよ
   ぼくらを産んでくれて ありがとう ※

小さな小さな夢の芽は あくびをしたりのびしたり
小さな小さな夢の木に グングンドンドン伸びてきた
小さな小さな夢の木は 楽しい小枝が増えてきて
小さな小さな夢若葉  あっちでこっちでうたってる
 ※ くりかえす

小さな小さな夢若葉  おひさま浴びて雨浴びて
小さな小さな夢若葉  しっかりがっちり立っている
小さな小さな夢若葉  どんな花を咲かすのか
小さな小さな夢若葉  それはぼくらが決めてゆく
 ※ くりかえす
東北太平洋沖地震から4日目の夜を迎えました。天気が下り坂なので被災された方々には更なる試練が待っています。どうか,どうか頑張り抜いていただきたいと願うばかりです。さて,このような状況に鑑みまして,3月20日に予定しておりました落成式を中止させていただくことになりました。移転準備委員会としての最後の大仕事であり,皆さんとともに完成を祝いたかったのですが,園舎も少なからず被害を受けておりますし,何といいましても被災された方々の心情を察しますと,とても祝い事を執り行うことはできません。来賓の方々も行政や保育園関係者が多数でしたので,まずは平常を取り戻すために一生懸命尽力されているところであります。今は震災復興を願い,粛々と陽だまりの新たな出発に備えたいと思います。どうか皆様ご理解とご協力をお願い致します。

不安な週末が明け,現場では補修作業が始まっています。ボード漆喰仕上げの部分は,帳場上の階段の壁の被害が大きかったようです。ご覧のように,ボードの継ぎ目にそって漆喰が割れています。

eq-1.JPG同じく昇り壁の梁と柱の継ぎ目の部分の漆喰が落ちていました。写真の濃く見える部分が補修したところです。乾いてしまえば目立たないと思いますし,最終的には現代大津磨きで光らせてもらいますので大丈夫です。

eq-2.JPG大欅梁を受ける柱の周辺の土壁およびボード漆喰の被害が大きいく,相当な揺れを民家がもつ免震機能で吸収してくれたことがわかります。大きく透いてしまった部分を補修してくださってます。

eq-3.jpg

eq-4.JPG夕方,CさんからMLにて茶ノ木の定植の依頼が来ました。数家族集まってくださり,ご覧のように,100本くらいの茶ノ木を生け垣として植えました。無事に根付いてくれることを祈っています。何分粘土質の土地なので心配してしまいます。こんな折に協力いただきました皆様に感謝申し上げます。

eq-5.JPG竣工写真を撮影するために,土間ホールの三和土土間の養生がとれています。この土間で多くの「縁」が生まれることを願っています。本当にきれいです。美しいです。コンクリートの打ちっぱなしだと亀裂が入っていたかもしれません。益子の日下田邸の藍場も三和土土間ですが,日下田先生のお話だと関東大震災のときにも瓶が割れなかったのは三和土のおかげだとか。今回の地震に耐えたかはまだ確認しておりませんが,いずれにしても「柔らかい」というのが一つのキーワードのように思います。人のつながりがスムーズであるためにも,心が柔らかいというのが大切な要素です。今回の震災で私たち生かされた者が新たな価値をいかに創り出せるか・・・次の千年の準備を任された気がしています。

eq-6.JPG

地震お見舞い

| コメント(2) | トラックバック(0)
昨日の地震から一夜明け,高根沢町では電気,水道共に復旧してライフラインが復旧しました。昨夜は余震に怯えながら過ごし,朝刊を見て改めて未曾有の大震災であったことを実感し,電気復旧後にテレビをつけて,生々しい映像を見て声を失いました。M8.8という観測史上最大の地震であったわけですが,海に囲まれた島国の脆さを感じずにはいられませんでした。でも,そこに私たちの生活を支えるあらゆる施設が集中し,それを支える人たちの集落があるわけです。高根沢町民としては,陸前高田の壊滅的な映像は本当にショッキングで,一人でも多くの命が助かることを願わずにはいられませんでした。

今朝の防災無線を聞いて東小に水を取りに行き,そして公衆電話を求めて宝石台のファミマまでいき,やっと兵庫の実家に連絡が取れて安否を報告し,その後現場に行ってきました。管理棟(民家再生)の方は,赤い昇り壁の一部が破損している程度で,とくに竹小舞の土壁は何ともありませんでした。大きな揺れがきたので直ぐに建物の外に出ましたが,話だと乳児棟のボード関係の破損がひどいとのことでした。いずれにしても,震度6強としては被害が最小限に止められたと思います。伝統の知恵に,そして現代の技術に,そして皆さんの思いの強さに心から感謝したいと思います。

この記事を書きながらも大きな余震が来ています。まだまだ春が遠い東北の甚大な被災に会われた方々に心からお見舞い申し上げます。1923年の関東大震災がM7.9,1995年の阪神・淡路大震災がM7.3です。これらを大きく上回る規模で,世界歴代5番目にあたるそうです。死者1,000人を出した平安時代の貞観地震(869年)以来の巨大地震との報道がありましたが,その規模でもM8.4と推定されています。現在のところ,それ以上の死者・不明者がでそうな勢いです。今こうして生きていることに感謝し,何が自分にできるのかを一人一人が考えなくてはなりません。週明けからは輪番停電があるとのことです。節電,節水,募金,ボランティア・・・と,できることはたくさんあります。「つながり」が試される時です。がんばりましょう!

卒園証書藍染2010

| コメント(0) | トラックバック(0)
啓蟄を過ぎての冷え込みは,人間に自然の厳しさが伝わってきます。生命一般からみれば,冬の寒さに耐え,早春の寒暖の繰り返しを乗り越えられたものだけが,本当の春の恵みを享受できる仕組みになっているんでしょう。こんな自然のリズムそのものがスローであり,冷暖房完備の田舎暮らしをスローライフと称する現代社会とは根本的に違う気がします。

さて,今日は寒い一日でしたが,朝から天気に恵まれて藍染日和になりました。蒟蒻糊をひいた和紙を午前中染めました。昨年からの取組みですが,もう一年経つかと思うと,本当に子ども達と過ごす1年ほど短いものはありません。布と違って,少しでも変な力をかけると破れてしまう危険性があるので,一つ一つの動作が自ずとスローになります。

washi10-1.JPG今回は3分染めて3分酸化,続けて3分染めて水洗い,その後2分間染めて仕上げるという方法にしました。染めている間に和紙が柔らかくなっていくのが分かり,引き上げるときに緊張感が走ります。

washi10-2.JPG12枚すべてを染め上げようと考えていましたが,4枚目から少し染色性・発色性が悪くなってたので,今日は半分だけ染めることにしました。冬場は還元性が弱くて,藍が疲れやすいためです。写真ですので何とも伝わりにくいと思いますが,これが5枚目の和紙です。青みの彩度が低いのが感じられるでしょうか?自然の色と付き合っていると,微妙な変化に感覚が慣れてきます。合成染料が豊富にある時代だからこそ,天然染色から学ぶことは多いと思います。残りはまた来週・・・

washi10-3.jpg

今日は朝9時から夕方まで,母ちゃんボランティアによる蜜蝋ワックス塗りが行われました。「蝋」は古来より日本でも用いられ,かつては日本文化に馴染んだ植物系由来のものを蝋,近現代になって登場した鉱物・石油系由来のものをワックスと区別したようですが,英語では全て"Wax"と称します。ワックスには植物系蝋,動物系蝋,鉱物系ワックス,石油系ワックス,合成ワックスがありますが,今回の蜜蝋(Beeswax)は動物系蝋の一種で,ミツバチの巣を構成する蝋です。融点は60度前後で,主成分はセロチン酸 CH3(CH2)24COOH とパルミチン酸ミリシルCH3(CH2)14COO(CH2)29CH3で,不飽和脂肪酸をほとんど含まないのが特徴です。同じ仲間として,鯨蝋や羊毛蝋などがあります。これをスポンジに適量取り,床に地道に塗っていきます。

wax-2.jpgそして,真っ白い檜の無垢板の床と越し壁の杉板に蜜蝋を塗っていきます。とにかく均一に延ばしていくのに手間がかかります。世間話,子育て話をしながら塗っていく姿を見ていて,あ〜子育てを支えてくれているのは,やはり母ちゃんパワーだよなと痛感させられました。優しく力強いというのは,まさにこの姿のように思えます。

wax-1.JPG午後は土間ホールに集中。とにかく広い!一列にならんで黙々と塗っていきます。子ども達がこの上を飛び跳ねる姿を想像しながら・・・あるいは・・・檜の心地よい匂いを嗅ぎながら,陽だまりを支える大人として汗を流してくださいました。本当にお疲れさまでした。母ちゃんパワーは今後も色々なところで必要となります。これからもどうぞよろしく!です。

wax-3.JPGぱっと見た目はよくわからないのですが,ご覧のように塗った後はほんのり赤味を増すような感じです。写真は土間ホールから若葉・風の保育室を見たところですが,一番手前のホールは未処理です。石油系ワックスのようにテカテカにはなりませんが,なんとも優しい感じに仕上がります。

wax-4.JPG塗り終えた後の土間ホールの風景です。13日の引き渡しの後に子ども達を迎え入れる準備が着々と整ってきています。後は,土間ホールの梁を週末にかけて塗っていきたいと考えています。

wax-5.JPG今日は取材と差し入れだけと思っていたのですが,あっくんと柱と梁を眺めながら,きちんとした磨き上げをしたいという話になり,急遽エタノールを買ってきました。4年前に我が家も引き渡しの後に,妻と二人で全ての梁と柱を拭きました。長い時間乾燥していた古材を洗ったり,風雨にさらされて湿ることで,どうしてもカビが発生しやすくなります。そこで,古民家再生ではエタノールで消毒をしながら拭きあげていくのが一般的です。移転準備委員長として,大黒柱と小黒柱を身体をはって磨かせていただきました。我が家の梁を掃除していて一度転落したことがあるのですが,本当に梁上って高いですよ・・・

wax-6.jpg今日は大黒柱と刺し鴨居,そして再利用の建具を蝋で艶出しをしました。200年の時を経た木を磨くと,そこに刻まれた歴史が浮かび上がってくる気がしてきます。ネズミがかじった跡,恐らく子どもが悪戯をしたというような傷など,そこで繰り広げられた家族の営みを想像しながら拭くと,全ての履歴を継承する重みをひしひしと感じます。

wax-7.JPG最後に移築前の大黒柱の風景をアップしておきます。梁募金のパンフレットの表紙にも使っているカットですが,移築民家の中でもっとも荘厳な風景だと思います。この風景を私たちは忘れてはならないと思います。これまでに多くの客人を家に迎え入れてきた場所で,もっとも忠実に再現されている空間だからです。心を込めて磨きあげることが,履歴を継承する第一歩のような気がします。

wax-8.JPG

集う空間

| コメント(0) | トラックバック(0)
週明けから,現場では検査が行われています。昨日は消防検査があり,消化器の本数以外は大きな問題はなかったようです。検査中の険しい顔した若い消防士さんに,「お子さんいらっしゃいましたら,是非入園しませんか?」なんて声を掛けてみると,「いいですね〜」とニッコリされていました。それだけ,人の心を動かすコンセプトをもった建物だということだと思います。間もなく移転準備委員会の任も終了しますが,この委員会の設立趣旨書にこんなことを書きました。

これからの時代において保育園か?果たす役割は大きく,単なる託児所から幼児教育の場へ,子と?もと大人の共育ち空間,そして地域との共生空間へと発展していく必要か?あります。民家保育園構想は,このような地域の縁側としての空間づくりを明確に見据えています。
保育園を利用する家族の育ち環境だけでなく,それを基盤とした地域連携を謳っています。つながりの中で育つ子の幸福は今更言うまでもありませんが,それを実現していくことの困難さは並大抵のものではありません。でも,つながることの心地よさを知れば,本能的に求めるようになります。そんな場つくりを応援する園舎として発展することを願っています。写真のように,縁側に続く濡れ縁が完成しています。まずはこの曖昧な空間で来客を迎え入れます。



kigumi38-1.JPGそして,玄関を跨ぐと土間ホールが現れます。まだ照明が完全ではありませんが,こちらは古材の梁空間の下にある三和土土間で会話が弾むことでしょう。ときにはガチンコの議論,ときには夢にあふれた議論など,今流行の「熟議」の場となればいいですね。国会のように主体感覚が抜けている議論はここでは全く必要ありません。

kigumi38-2.JPGそして,大欅梁の向こうには素敵な昇り壁のホール。落成式の日には,ここで子ども達の太鼓や歌,そして歌うたい隊も活躍します。ぴかりんの即興ライブも企画中です。そして,杮落しは民族歌舞団「荒馬座」の公演で陽だまりの第二章が始まります。

kigumi38-3.JPGアリーナは全面ガラス張りの開放的な空間で,さまざまなイベントや保育活動が展開されることでしょう。片隅に立てられた栗の木に,この場所が雑木林だったという履歴を風化させたくないという施主の思いがこもっています。

kigumi38-4.JPGこちらは,まったりとした夢・大地の空間です。人生の最初の時間の最初を過ごす場所です。南面のテラスには専用のプールがあり,ここから笑い声,鳴き声がこだまし,周辺の里山の風景の音を創っていってくれることでしょう。主要県道が近いこともあり,空間全体のサウンドスケープ(音風景)の視点も,これからの園環境を考える上で大切になってくるでしょう。

kigumi38-5.JPG最後に,一つだけ愚痴をこぼさせてください。写真は土間ホールの大欅梁の上の太鼓梁です。接合部は木組みがしてあるにも関わらず,全て楔が打ち付けられています。これが今の建築基準法です。金具で止めるという基本的な考え方が,このような結果になってしまいます。あっくんも,「細かいことを言えば切りがない」と言っていました。民家再生の課題であると同時に,後世に民家という文化をいかに遺していくか。この園舎づくりが最初の一歩です。

igumi38-6.JPG

蒟蒻糊

| コメント(0) | トラックバック(0)
昨日大空さんとの最後のワークショップを行いました。あ〜ここまで今年も来たか・・・という感じです。藁半紙の卒園証書の土台となる烏山和紙を藍染する準備で,蒟蒻を使います。そうは言っても,生の蒟蒻を使うわけではありません。市販されている蒟蒻の精粉(蒟蒻の主成分であるグルコマンナンを精製したもの)を利用し,2%水溶液を作ります。水に精粉を入れて,すこしずつ熱を加えて透明に近い糊にしていきます。これにアルカリ剤を加えれば蒟蒻になってしまうわけですが,食品として利用する前の糊化した状態のものを和紙に塗っていきます。ここに和紙の藍染のポイントがあります。つまり,藍瓶の中はアルカリ性なわけですから,紙の表面にグルコマンナンの層を作っておけば,藍染しているときにそれが固化して,一定時間和紙の分解を防いでくれるわけです。本当によく考えられた伝統知ですが,食すときの原理を応用した,まさにコロンブスの卵です。

manna.JPG糊を刷毛で塗るわけですが,この時期の子ども達は刷毛を上手に使うことができません。どうしても刷毛を寝かせて使い,それも片面でしか塗れません。裏返せば,丁寧に丁寧にという思いが動きを躊躇させてしまうんでしょう。だって大切な大切な卒園証書だと認識できていますから・・・本当に純な心って気持ちがいいですよね。表面的に見てしまうと,何をちんたらやってんだ〜とイライラしてしまいます。でも,こうやって段階的に発達していくんですよね。大人はそのプロセスを忘れてしまっているから,どうしてもショートカットしたがる癖がある。保育を通して大人が再認識しなければいけないところです。数日後に,この和紙を担任さわちゃんに心を込めて染めてもらいます。どんな色に染まることでしょう・・・卒園式でこの証書を高々と掲げた時に精一杯の拍手を贈ってあげてください。

風呂敷への期待

| コメント(0) | トラックバック(0)
3月の風のたよりにて,4月からの新園舎の生活に向けて「風呂敷」を準備くださいというお知らせがありました。みなさん,いかがお読みになったでしょうか?かつて,鞄という文化が入ってきて以来「包む」文化としての風呂敷は生活から遠のいていきました。現代社会では過剰包装が問題になりますが,ものを包むという本来の意味は「大切に扱う・保存する」「心を伝える(装飾)」など様々でしょう。そう考えれば,包装そのものが悪ではなく,必要のない,あるいは意味のない(代替可能な)包装に問題があると言えます。このように環境問題から眺めると,風呂敷のリターナブル性と包みの多様性から,環境に優しい包装材(道具)として最近見直されているわけです。

陽だまりでは,今年の夢組の取組みとして,一升餅の風呂敷を家族が心を込めて刺し子を施して1歳の誕生日を祝ってきました。先日,我が家の次女の一升餅を陽だまりの仲間に祝ってもらいました。本当に格別な時間であり,多くの人の中で大きくなることの大切さを改めて実感しました。ゆうちゃんに我が家の希望で「枇杷」で染めてもらい,懸命に刺したのですが当日までに完成できず・・・途中までの布で一升餅を懸命にしょってハイハイしてくれた娘に感謝です(あと四隅を縫ったら完成だからね by 親バカ)。

huroshiki.JPG風呂敷の歴史は諸説ありますが,庶民が今のような使い方をし始めたのは,江戸時代の銭湯文化が根付いた頃からです。風呂敷のサイズは鯨尺9寸(=約34cm)を一巾として,二巾から六巾まで様々な大きさのものがあります。とくに,六巾の風呂敷を「一反風呂敷」といい,一反を五等分してつなげた最も大きな風呂敷のことです。たよりにも書いてありましたが,三巾か四巾の風呂敷が一般的には家庭にあると思いますので,あるものを極力利用するのがよいと思います。

前置きが長くなってしまいましたが,私が風呂敷を使った保育に期待することは,アジア文化圏を中心とする布で包む文化に親しむことです。平坦(二次元)な布を使って立体を包むわけですから,それ相応の包みの技が必要となります。といっても,基本は真結び・縦結び・一つ結びの三つですが・・・正方形あるいは正方形に近い単なる布がものを包む道具なわけです。中に入るものが自分にとって『必要』だからこそ『丁寧』に包み,そして『大切』に使う。そんな日常を保育に取り入れることに意味があるように思います。下の図は,エコ・ハウスたかねざわと共同主宰している里山文化の会での風呂敷の概念図です。ここでは,古布に染織という一手間をかけて風呂敷にリメイクして使う体験から,もののいのちを見つめ直そうという思いを込めて活動をしています。乳幼児期のこの体験が,将来の環境教育の中で必要とされる態度の土台を形成してくれるのではと考えています。これを機会に,保護者の皆さんも風呂敷に親しんでみてはいかがでしょうか?

huroshiki-2.png

時間

| コメント(2) | トラックバック(0)
今日は雛祭りでしたね。桃の節句には厳しい寒さでしたが・・・今週は寒の戻りで寒い日が続いていますので,ひなまつりの歌にある「少し白酒めされたか♪ 赤いお顔の右大臣」になりたいものです。

現場は検査に備えて最後の行程に入っています。昨日は棟梁,今日は現場監督の谷さんと工期を振り返りながら,しばし話をしました。棟梁から,「いや〜手間をかけたよ,この現場は。だけど,手間をかけた分見応えがあるよね」と,現場の近くで建てているツーバイフォー住宅を指差しながら話されているのが印象的でした。「もう終わっちゃうかと思うとつまらないね〜」と,いかにこの建物に思い入れがあったかを窺わせていただいた瞬間でした。谷さんからは,「やはり後1ヶ月半工期が欲しかった。そうすれば,もう少しやりたいことが出来たのに・・・」と。こちらも感慨深く振り返ってくださいました。いいものを創り上げるに相応の時間が必要です。この園舎づくりを通して私たちが学んだことです。役所の都合ではなく,市民の目線にたった補助金制度に改善されることを切に社会に訴えていきましょう。

さて,今日の現場では乳児棟のテラスづくり,そして管理棟の濡れ縁づくりが始まっています。これが完成すれば,ほぼ工事はおしまいとなります。

last-1.JPGそして,古民家再生で大変なのが「埋木」です。元が貫き構造であるため,柱に穴がたくさん開いています。それらを一つずつ埋めていく地道な作業ですが,この仕事ぶりが外観を大きく左右します。

last-2.jpg土間ホールでは,大欅梁の染み抜きが行われていました。荒壁の水が凍って,それが融け出した水滴で染みになってしまったための処理ですが,ここでも工期の関係上,最も寒い時期に土壁を造らねばならないという理不尽さを窺えます。丁寧な作業を行ってくださっていますので,無事に抜けることを祈りたいと思います。

last-3.JPGここからは,完成したところを数ショット紹介します。まずは何といっても保育室。虹・大空の和室空間から見ていただきましょう。純和風旅館といっても退けをとらない落ち着いた空間になっています。それを支えているのが再利用している建具です。旧高橋家住宅の建具はものがよかったので,そのまま寸法を調整して使いました。こういう建具を開け閉めする所作を保護者の皆様にも体験してもらいたいと思います。ドア文化に慣れてしまった現代人が,和の伝統の中で最も雑なのが建具の開け閉めではないでしょうか。百年以上大切に使われてきた建具を前にすると,きっと粗雑に扱えないと思いますよ。

45room.JPG次は若葉・風の板の間の保育室です。こちらは増築側ですので,一部の梁を除けば全て新材で,建具も新調されています。こちらは新たに歴史を刻んでいく真新しい空間で,ノスタルジックな塗装が施されていますが,上の保育室に比べると初々しさを感じることができます。

23room.JPG拘りの洗面台が完成しました。益子焼で焼いたオリジナル洗面鉢です。手を洗うのが思わず楽しくなってしまうような空間になっています。

senmen.jpgそして,洗面台の壁の裏面が帳場と呼んでいる園長席です。「陽だまりの関所」といったところでしょうか。この帳場の框は,旧高橋家住宅の上がり框に使われていた欅を削り直して再利用したものです。200年の間人の往来を見守り続けてきた框です。これからも多くの子ども達,そして地域の人々の往来に恵まれることを願いたいものです。

tyouba.JPG今日最後は,再度大黒柱の風景です。何度見ても力強く,そしてやさしい。私自身はそんな存在にはほど遠い人間ですが,ここで生活する子らをいつまでも見守り続けてくれるでしょう。これまでの家族の履歴を記憶してきた時間と同じように。

daikoku.jpg

このアーカイブについて

このページには、2011年3月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年2月です。

次のアーカイブは2011年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。