陽だまり農園始動

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はや5月も下旬・・・でも,何となく肌寒い日が多く,五月晴れの恵に飢えている感じですね。そんな中,先日待望の畑活動が始動しました。陽だまりの保育の中で土との関わりは重要な位置を占めてきましたが,新天地に来てから畑をお借りすることがなかなかできませんでした。保育園が関わる規模としては大きすぎるほどの約8畝(8アール;約240坪)。とても,人力だけでは管理しきれない広さです。そこで,保護者にも協力依頼を仰ぎ,苦土石灰と元肥の散布から作業開始。子ども達は石やビニールゴミなどを集めてくれました。

h_agri01.JPGもちろん,理想をいえば落ち葉堆肥などの有機農法に因んだ保育活動としたいところですが,放射能汚染が少なからずあり,5年ほど休耕されていた土地なので,NPK15の化成肥料を元肥として利用しました。そして,今年度から入園された地元専業農家のかずくんがトラクターで耕起してくださいました。トラクターを自在に操る親父に注がれる子ども達の眼差しを感じていただきながらの作業となりました。お忙しいところ心から感謝申し上げます。

h_agri02.JPG参加してくださったママの一人が,「うちの子(1歳)は車じゃなくて,トラクターに興味をもつんですよね〜」とおっしゃっていました。乳児にとって車はあまりにも早すぎて興味をもつ対象になり得ず,トラクターのような作業スピードがなんとも生体リズムに合っているのかもしれません。現代の大人の社会がファスト文化であるとするなら,農業やそれを体験する農作業は対極的なスロー文化であると思います。だからこそ,幼児教育において土と関わる食農体験は意義深いのだと思います。

この日は,虹組(年中)の取り組みとしては初となる紅花の播種と6代目となる大空組の藍の定植作業がメインイベントでした。約30メートルの畝の長さに紅花の種を筋蒔きしていきます。虹組の元にヘナソールの絵本と一緒に届いた種・・・そんなファンタジーな世界を用意しながらの取り組みです。ヘナソールは赤と黄がトレードカラーです。紅花染と共通なんです。どんな物語が展開されるか楽しみにしておいてくださいね。

h_agri03.JPGこちらは大空組の藍の定植。保育園で一番身体的に大きい子ども達が並んでもこの通り。空間の広さがわかりますよね。ちょっとした体験という言葉で表せない作業です。まさに「仕事」と呼ぶにふさわしい広さです。隣との感覚を感じながら,約50センチの株間に株分けしながら植えていく。この時期の子どもにはとても高度なスキルですが,あえて間隔を目印なしに植えていくことを大切にしています。午前中いっぱいをかけて,この長さの畝を4本植えきりました。終わった後に畑を振り返ったときの仕事感が壮快に思えるほどでした。

h_agri04.JPG子ども達の作業が終わった後,残りの部分に苦土と堆肥を散布してうねってもらいました。今朝起きると左肩が痛くてあがらず・・・20kgの堆肥袋を抱えて作業した後遺症でした。何とも情けない話です・・・(笑) 参加くださった保護者の皆様,本当にありがとうございました。

Amazing Grace

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1992年(平成4年)の春。兵庫の山奥で育ち,学生時代を信州のこれまた山で育った私が一つ身で上京した。東京といえば,大学院時代に学会で来るだけ・・・右も左もわからず,道を歩いてぶつかる度に「すみません」なんて一々言っていた。そんな大都会にだんだん慣れてくると同時に,人間味も薄れていくような感じをどこかでもっていた。

でも,まだ若かった私に東京のエネルギーは新鮮で,強烈だった。なかでも,劇場やコンサートホールは夢のような世界で,週末ともなれば仕事帰りにコンサートに行くのが楽しみだった。そのまた帰りのお酒もたまらなかたことを覚えている。そんな中,話題のミュージカル「ミスサイゴン」のチケットを入手して,本田美奈子の熱演と共に,オーケストラピッチの中から伝わる生音楽が,舞台と一体となるミュージカルの醍醐味を初めて味わった。そんな彼女も白血病に倒れ,最後に歌ったコンサート会場は入院先のナースステーション。そして曲は「アメージング・グレイス」だった。

時は過ぎ,30歳で東京生活を終え,宇都宮に引越し,40歳になろうかというときに陽だまり保育園に出会った。運命か偶然か,はたまた必然か,試練か?あっという間の5年間が過ぎ,多くの人の手によって蘇った民家保育園が生まれた。民家再生としての保育施設としては日本初といってもいい。ハードはお金をかければいくらでも夢を叶えられるかもしれない。でも,陽だまりはそのハードを生かす保育がある。いや,そんな保育があったから古民家が生かされるといった方が正しいかもしれない。

子どもを取り巻く環境は益々厳しく,居心地の悪いものになりつつあるかもしれない。その一方で,ただただ子どもの育つべき環境を追い求める大人がいるのも事実。アメージンググレイスの中に,「私のような哀れな人(ひとでなし)も救ってくださる」という一節がある。歌うことで癒され,歌を聴くことで癒され,明日の生きる希望に繋がるのかもしれない。だから,陽だまりにはいつも歌声が響いている・・・まさに, "Amazing Grace ! How sweet the sound !" である。そんな希望の歌を,第2回チャリティコンサートではBBVが歌い紡いでくださった。被災地の人々の平穏を祈って,そして平和を願って「One」を合唱した。チャリティコンサート実行委員会といい,親父の会といい,どれも素晴らしい活動である。そして,今年から保護者会の中に各種委員会が発足し,既に活動が展開されている。子どもの笑顔のために大人が動く・・・社会の中心となるべきムーブメントである。

しかし,やもすれば平和とか愛とか,祈りや絆といった言葉は当たり前の日常に埋もれがちになる。怒りや憎しみといった一瞬の負のエネルギーに直ぐにかき消されてしまう。でも,最後に望むのは,やはり平和や愛といったやさしさであろう。そんなことをひしひしと感じながらも,何もできない自分がいるのも事実・・・『3.11』は私に何を教えてくれたんだろう。日本社会に何を指し示してくれたんだろう。そして,私自身何ができるのだろう。



Amazing Grace

Amazing grace! How sweet the sound!
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I am found;
Was blind, but now I see.

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear!
The hour I first believed.

Through many dangers, toils, and snares,
I have already come;
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost, but now I am found
Was blind, but now I see.

バトン・タッチ

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4月7日ー入園・進級式が「賑やか」に執り行なわれました。新しい仲間を迎え,そして在園児はそれぞれ1つ上を目指して,夢や希望を膨らませて進級しました。年度末に園長からもらった判子はもう消えてしまったけれど,しっかりとその記憶は留めていて,今でも娘に聞くと「ここ」と手の甲を指差していいます。「憧れ」をもって自ら「進む」のと,ただ春が来たから「上がる」のとは全く違うと思います。そんな憧れを一つ昔の自分たちが創り出し,それが積み重なっていくことで,大空組での集大成のための力と認識が育っていくんでしょう。

子どもの立派な姿を見た後は,大人が子どもの育ち環境を考える時間「保護者会総会」の始まり。理事長の挨拶のなかで,里山環境を望んで引っ越してきたけれど,原発事故によりまだまだ見えない不安が多い中,何を提供していけるのかを考えて行きたい。また,これまでは小さな集団で,何をするにもみんな一緒という時代から,大きな大家族となった今,改めてみんなで支える陽だまり保育園を考えて行きたいというメッセージに長としての思いが込められていました。

nyuen12-1.JPG今年度は,これまでの活動を「見える化」して,保護者会の下に各種委員会が設けられ,委員長に保護者会役員,補佐として前年度役員が就任するようです。こうすることで,役員会の中にも継承性が担保されます。各家庭は少なくとも1つの委員会に所属し,自分ができることから子育ち環境を創っていくという全員体制を築きたいという試みです。最後に,新旧役員からの挨拶で閉会しました。

nyuen12-2.JPG2011年度役員のみなさん

nyuen-12-3.JPG2012年度役員のみなさん

新旧のバトンが手渡され,それぞれがまた新たな未来を築いて行くことを宣言する日。それが陽だまりの入園進級式です。同窓会・縁会の学童達も一緒に今年はぴかりんのレコーディングに収録した曲を歌ってくれました。旧役員の皆さん本当にお疲れさまでした。そして,新役員の皆さん1年間よろしくお願いします。

受け取ったバトンに色んな思いが込められ,新しい風になり,それがまたつながっていく。同じことの繰り返しに見えるけれども常に新しい・・・そこに関わることができる幸せを感じられる大人でいたいですね。今春から,園長の新ブログ「風のたより〜いずみのつぶやき〜」が始まります。乞うご期待!
陽だまりが民家保育を初めて1年目の冬を越しました。朝夕の送り迎えで,民家の凛とした冷たい空気を感じられたことでしょう。でも,子ども達は薄着,裸足で元気一杯に過ごし,身体が本来の「寒さ」を経験して生活したことは,未来の糧にきっとなることでしょう。休日に買物や公共交通を利用したりすると,「暑い」といって上着を脱ごうとしたり,周囲の子どもに比べて赤い顔をしていたり・・・ということはありませんか?陽だまりの生活環境に慣れ,身体が冬モードで対応できている証拠です。

さて,この春はエネルギー問題の将来を国民的に議論するチャンスです。既にご存知かと思いますが,3月26日に東京電力管内の原発が全て停止しました。そして,5月に北海道電力泊原発3号機が定期検査に入ると,日本の原発54基全てが停止することになります。このことが,政府関係も含めて,産業界からエネルギー不足の懸念が噴出する発端となっています。さらに追い打ちをかけるのが,原油の高騰による火力発電のコスト高によるエネルギー供給単価の上昇です。既に,東京電力管内では大口契約に対する電気料金の値上げで一悶着あり,栃木県では4月から「新電力」と呼ばれる特定規模電気事業者(PPS)のエネットに切り替えています。しかし,PPSの発電量にも限界があり,東電との随意契約を最終的には結ぶようです。

では,問題は原発がないと本当に電気は足りないのか?ということです。通産省は3月25日に「東京電力管内の今後の電力需給見通しと対応について」を公表し,夏の詳細な需給見通しについてはGW前後に明らかにするとしている。公表された需給の概要は,夏の最大ピーク電力を約5,500万kW(最大6,000万kW),供給力は約4,500万kWとし,需給ギャップが深刻であるとしています。これに対し,NPO法人気候ネットワークは現有設備で十分に賄えるというレポートを刊行しています。レポートに示されている根拠データは以下の通りです。

energy-peak.png上表は,昨年3月(東北と東電は5月)に各社が国に提出した電力供給計画での夏の最大需要予想値です。東京電力管内を見てみると,先ほどの通産省の2012年夏の需要見通しの根拠が,(a)列と(b)列の数値を見ると明らかです。しかし,供給見通は(e)列の揚水発電停止の場合の過小値付近が用いられています。気候ネットワークは,(a)列と(d)列での比較を基本とし,昨年の猛暑時の最大瞬間電力の(b)列,リーマンショック前の好景気時の最大値(c)列に比べて,供給量(e)列が追いつかないから原発再稼働が必要というのはおかしいと指摘しています。この点については,枝野通産大臣が4月2日の国会答弁で,沖縄電力を除く9電力会社に対して,「罰則つきで電力需給見通し報告」を要求したいという意向を示しており,単純な余裕をみてのエネルギー施策はもはや通用しない時代に突入していることを表しています。

今年はリオの地球サミットから20年という節目の年に当り,今後の地球温暖化対策のかけひきが「リオ+20」で行われることになります。脱原発をしたときにCO2排出の増加につながり,京都議定書の約束不履行につながるという論点が引き合いに出されます。これについても,激増するというレポートがある一方で,前出の気候ネットワークによる試算によると,省エネ・再生可能エネルギー対策を行い,原発発電分をLNG(液化天然ガス)に移行すると試算した場合は,2012年で90年に比較して+3.4%としており,森林吸収や政府が購入した海外クレジットをカウントすると,京都議定書で義務化されたマイナス6%を達成できるとしています。

では,最後に誰のためのエネルギー議論か?という根源的な問題を考えましょう。もちろん,今を生きる人間が必要とするエネルギーを持続的に確保するための議論であることは疑いの余地はありません。「持続的」である必要性は,これからの未来を担う子ども達にも同様の恵みを享受できる権利を大人が保障するということです。1990年のリオ地球サミットで若干12歳のカナダの少女セヴァン・スズキが,大人達の無責任な行動に訴えました。そんな彼女も32歳となりますが,旺盛な環境活動を続けています。価値観の転換と未来に何を残すことができるのかを問い続け,その上で責任をまっとうすべきだと訴えています。FUKUSHIMAは原発という安全神話の嘘に大きな犠牲を払って気づくことができました。土と水が汚染され,取り除くにも捨てる場所がない放射能汚染物質。直ちに原発を止めたとしても,これまでの使用済み核燃料だけでも1万トンを越えています。これらはイギリスやフランスなどに再処理を依頼する他は,青森の六ヶ所村にある日本原燃の再処理工場に運ばれています。この再処理が度重なる不具合から軌道に乗らず,核のゴミは増加する一方です。しかも,最終処分方法である地層処分地も毎年莫大な研究予算を使いながらも未定のままです。子どもの未来,地球上の全ての生物に悪影響を与える人間の傲慢な技術に終止符を打つなら今だと思います。決して先送りしてベターな解を得られるものではありません。

yusou-rooto.jpg「考えてみよう 原発のこと」(原子力資料情報室)より引用

本当に寒かった冬もようやく終わりを告げたかと思いきや,台風並みの低気圧で被災地の仮設住宅の屋根が飛ばされ,大規模停電,季節外れの雪に見舞われた地方もあれば,原子力発電所の給水が停止したりと,改めて自然の驚異を感じずにはいられません。でも,保育園はそれぞれに進級し,7日には新しい仲間を迎えて,民家保育園2年目に入ります。

さて,昨年の運動会が終わった後から園庭の大改造が始まったことは,このブログでも紹介しました。そして,現在こんなところまで整備が進んでいます。学校と言えばフラットな運動場の周辺に,遊具がひっそりと佇んでいるというのが普通の風景でしょう。小学校以上になれば,その必然性も理解はできます(それでも,画一化していて個性がなさすぎますが)。しかし,就学前教育を保障する保育園や幼稚園も同じとういのはいかがなものでしょうか。陽だまりの園庭改造は,そんな疑問に対する一つの回答として実施されています。

kaizou05.JPGkaizou04.JPG今回の園庭改造は,まずもって水はけの悪さを改良すると同時に,放射能汚染された表土を削り取ることを目的に始まりました。里山の地形を生かして,大小のデコボコを設置することで,子ども自身の力に適した発達を保障する。そして,水路凹が切られていて,そこに向って全体として傾斜しているので,水が集まり,雨上がりや夏の水遊びを促すことができます。さらに,石や木も障害となり,遊ぶ対象となります。これらを全体的にみれば日本庭園風の景色として庭としてのシチュエーションも醸し出します。今回,これら石や木々は地域の方々から奉仕いただいたものです。そんなつながりがあって,園庭長(あっくん)曰く,「ちょっと日本庭園っぽくなり過ぎた・・・」とのことです。

でも,やはり子どもにとって斜面の魅力は絶大なるもので,登っては滑り降りたり,水路にたまった砂で遊んだりと,凸凹が子どもの居場所空間となり,ダイナミックな遊びが展開されています。そのレベルにいかない子ども達も,その風景を見ながら園舍前の平坦なところで遊びを展開できるよう配慮?されています。

kaizou03.JPG日照の関係で,園庭との境にそびえ立っていた檜を切らさせていただきました。まだ切り株で遊んでいる様子を確認できていませんが,今後の園庭ならびに周辺の里山の整備(もちろん地主様のご理解をいただいたうえで)のなかで,切り株や腐った木,そこから芽生えるいのちも保育にはとても重要になってきます。その辺のことを大人が意識しながら,今後の親の背中を見せる会や各委員会活動(これについては保護者会総会にて提案されます)において整備を進めていただきたいと考えています。

kaizou01.JPGこの木がこの地で生きた証が園庭整備に取り入れられています。乳児棟東側のテラス整備で,写真左手前の枝を残した桁,これが切り倒した檜です。落下防止柵にも枝が利用されています。この整備によって,乳児(夢,大地組)の子ども達も外にアクセスしやすくなり,自然と接する心地よさを早い段階から促すことができるようになります。「外に行きたい」「外で遊びたい」という思いを膨らませる環境創りが大切であって,保育園といえばこうといった形式的な環境では育ちを促さないと思います。

kaizou02.JPG今国会に総合こども園法案ほか関連二法案が提出されました。歴史上仕方ないのかもしれませんが,「保育」園に「教育」機能を加えることで幼児教育の質を高めるという説明がなされています。でもどこか釈然としませんね。食育がいい例でしょう。栄養素という観点で『食物』を『分類』できるようになることが教育とするなら,思いっきり遊んだ結果,「ご飯が食べたい」という思いをもって,『食べ物』に感謝を込めて食べ尽くす態度を育むことは保育なのでしょうか?そうではないはず。飽食・豊食のこの時代において,食べ物が貴重なもの(いのち)で,多くの人が関わってくれていて,それに対して感謝しながら,一緒に遊んだ仲間と楽しく,美味しくいただくことができる生活を通して,食べることの大切さを教えることが先だと思います。栄養素を考えた食事を提供するのは大人の責任であって,幼児期の子どもに要求するものではないはずです。遊び環境も同じです。フラットで危険のない園庭は子どもを管理しやすく,表面的な安全を確保しやすい。どんな子どもでも確かに遊びやすく,小学校の体育の授業的なことは展開しやすいでしょう。でも,それが保育園や幼稚園が保障する園庭の教育的機能でしょうか?しっかりと地に足をつけて歩き,転ばない身体を育てることが就学前の教育の役割であって,凸凹はそれを保障するための環境であり,それが日常にあることで認識を育て,発達を最大限に引き出せるのです。

今回の大震災が教えてくれたもの。「常識」を見直し,「新たな」社会づくりを始めよ!ということではないでしょうか?凸凹の園庭から皆さんで子ども達の未来を紡いで行って欲しい・・・

デジタルカメラ

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デジタルカメラは今や家族の記録メディアとしては,ごくごく一般的なものになりました。下図は内閣府の消費動向調査に基づいて,デジタルカメラの世帯普及率をグラフ化したものです。世帯普及率ですので,単身世帯は含まず,また1世帯で複数所有していても1台とカウントされる性格のデータです。一般的に,世帯普及率が40%を越えると「普及した」と言われます。世界初のデジタルカメラが店頭に並んだのが1990年ですので,15年程度で普及したメディアといえます。また,それから5年程度で急速に浸透したといえます。携帯電話なども同様です。

digitalcamera.gif一方で,三種の神器と言われた高度成長期の象徴の一つ「エアコン」(当時はクーラー)の普及率を見てみると以下のようになります。40%を越えるのに約20年,さらに20年かけて浸透させたことになります。ちなみに,固定電話が普及するまでには76年を要したと言われています。

aircon.gifこのように,私達が便利だとするデジタル機器の普及は,従来の生活必需品に比べると「急速」に普及する傾向があるということになります。大人にとっては都合のよいことかもしれませんが,この現象のなかで子どもの生活環境が創られることになります。陽だまり保育園では「人類普遍の発達」(不易)を保障することを保育理念としています。すなわち,その時代の流行ではなく,今も昔も変わらない発達過程を丁寧に保障し,生きる力の土台をしっかりと育みたいのです。

先日の生活発表会&卒園式に多くの卒園児が帰ってきてくれました。陽だまりの行事といえば,ここ数年の内に「一体感」「五感で記憶する」といったスローガンで,ビデオやカメラではなく心の記憶,感動として残して欲しいとライブ感を大切にしてきました。そのために,コボちゃんに記録をお願いし,卒園式ではビデオ制作会社を入れているのです。ところが,自分たちの後輩の一生懸命の姿を小学生になった今の「目」で観て欲しいにもかかわらず,デジカメを手にしてフラッシュをたいているのです。それに他の学童も引き付けられて,舞台よりもファインダーの中の世界に夢中になってしまいます。

卒園式の翌日は,縁会企画の上野動物園日帰り旅行がありました。息子が帰宅するや否や,「俺もデジカメ欲しい・・・写真とってパソコンで(お土産に買ってきたような)カードを作りたい」と悲しげな顔で訴えて来ました。どれくらいの人数がデジカメを持っていたのかは聞きませんでしたが,仲間と久しぶりに出会い,そして歴代の担任と一緒の楽しいはずの旅行。それこそ,五感をフルにしてライブ感一杯で帰って来て欲しかったと思っています。私は息子に,「父ちゃんは今デジカメを持つ必要はない。今は自分の目で一杯色んな世界を感じて欲しい」と言ってあります。小学校でも,生活科の地域探索などの授業で,班毎にデジカメを持たせて記録するようなことは多く行われています。でも,この時期にデジカメの情報に依存した探索しかできないのはいかがなものでしょうか。実際に目で観ている世界とデジカメで切り取られた世界は同一ではありません。その辺のメディアリテラシーが定着してからでも遅くはないのではなと思います。デジタル教科書や電子黒板といった情報環境が,IT産業の内需拡大が優先されて教育現場にどんどん入ってくる時代です。本当に子どもの不易を保障するという観点が置き去りにされているように思えてなりません。少なくとも,陽だまり20年保障の中では,安易に?大人の世界の常識を持ち込むことに対して,一度議論してみてはいかがでしょうか。

馬頭のカバちゃん

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陽だまりに是非連れて来たい人がいました。馬頭のカバちゃんこと樺島弘文氏である。プレジデント編集長の座を捨て,奥さんの猛反対を押し切って馬頭町(現那珂川町)に2002年に移り住み,田舎暮らしの素晴らしさと現実の厳しさをテンポの良い壮快な文章で,『元プレジデント編集長の田舎暮らし奮闘記』を2005年から5年間執筆されました。

私は丁度その頃,とちぎ子ども学会で環境をテーマに学習会を企画していて,講師に樺島さんをお呼びしたのが最初の出会いでした。それから,研究室の学生が馬頭の産廃処分場問題を取り上げ,那珂川町の自然と環境を守る会で反対運動をされていた樺島さんに再会することになります。そして,現在の自宅を改築(民家再生)するときも,茅葺きを降ろすときと荒壁塗りのときに参加してくださいました。再生が終わり引っ越してくるや否や,近くに迷走していた塩谷広域のごみ焼却場ができるという情報をつかんだ。すぐさま,樺島さんに状況を報告し,アドバイスをいただいたときのこと。メールに「大学人である前に子の親であることを忘れないように」と書いてくださっていました。仕事の関係で町の環境課とは深い関係があり,自分の立ち位置を定めるのに悩んでいたからだ。長年,県の理不尽な最終処分場建設に反対されてきた活動家としての重い言葉に後押しされ,過去の議事録等を全て読み,塩谷広域事務所と抗議の席についたことは今でも忘れられません。

昨年の秋のこと。馬頭の産廃処分場反対活動にアレルギー的な反応を示すようになり,馬頭の自然を守る会が方針を転換しようと,「おらげの山はいいぞ!−これからの那珂川町の風景を考えてみませんか−」と題したシンポジウムを開催することになりました。講演会終了後,久しぶりに樺島さん宅でお酒を飲みながら,主催者からの差し入れのしゃぶしゃぶを頂き,夜遅くまで語り合いました。

そして先日,樺島さんが亡くなったという訃報を聞くことになろうとは・・・趣味のサイクリングに出かけたまま帰らぬ人となられたのです。馬頭に来られて,馬頭を根っから愛されて10年目の節目の年に,還暦を迎えられないまま旅立たれてしまいました。田舎暮らしを通して,今の世の中の理不尽なことをプロの記者として明快に表現されながらも,こんなに素晴らしい田舎を何とかしたいという思いをもって,これまで奥様と息子さんの三人で駆け抜けてこられた樺島さん。是非,陽だまりの土間に座っていただきたかった・・・ご冥福を心よりお祈りします。

kabacyan.jpg前列右端が樺島さん(茅降ろしワークショップにて)
3月24日−大空2011が旅立つ日がやってきた。前日の雨も上がり,穏やかな式典日和に恵まれました。スタッフは7時に会場入りし,数時間前まで一緒だったとは思えなないほど切替ができていました。各々最終確認を行い本番に備える。8時前から登園が始まり,会場は徐々に熱気に包まれていきました。建具が外された土間ホールの風景は,まさに民家での祭事を彷彿としていました。壁には今年もコボちゃんのベストショットが飾られ,これから始まるハレの舞台を優しく彩ってくれていました。

graduate2011-1.JPG虹組保育室の展示ブースでは,1年間大切に使ってきた益子焼のお茶碗とコップと一緒に,保護者が作成された成長日記が飾られていました。3年前から,益子に行くときに日下田藍染工房の日下田正先生を訪問しています。月並みですが,そのことが昨日のように蘇ってきます。

graduate2011-2.JPGそして,毎年趣向が凝らされる卒園アルバム。今年は,クリスマスのイルミネーションを飾る布を里山染で染めたのですが,それを切り分けてアルバムの表紙を飾ってくださっていました。大空全員で引き染めした10メートルの布が,ここで過ごした仲間の証になるなんて素敵ですよね。そして,大空組として最後に藍染めした布に,それぞれの思いを描いた刺し子が目映く光っていました。

graduate2011-3.JPG各保育部屋では生活発表会に向けてスタンバイ。大空2011は今年の象徴であった紺Tを着て,準備体操をしていました。この後,繰り広げられた大空組の勇姿は,皆さんの瞼に焼き付いていることでしょう。

graduate2011-4.JPG新園舎で最初のページを刻んでくれた13人の小さな子ども達。謝恩会の席でも話しましたが,本当に新しいことに沢山挑戦してくれた大空でした。住み慣れた旧園舍から引っ越して来るだけでも大事なのに,最後の最後ギリギリのところで踏ん張ってくれました。春に5代目大空として藍の種を蒔いたときには畑も決まっていませんでした。何もかも最初からの取組みでした。なおちゃんと一緒にずっと頑張ってくれました・・・大好きななおちゃんがいなくなった後も,まめちゃんを中心に,歴代大空をひっぱってきてくれた仲間がフォローしあい,いつかまた会えることを信じて今日この日を迎えました。荒馬の前垂れに刻んだ『陽』は,まさにその象徴であるように思えてなりません。本当におめでとう・・・そして,ありがとう。

大空2011に捧ぐ

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新園舎で最初の卒園児を送り出す日が近づいてきました。今年度は,年明けのインフルエンザA型の大流行に始まり,ラスト1ヶ月にはインフルエンザB型,そしてオタフク風邪が大空組を容赦なく襲った。保育日数が減って行く中,保育士の焦りも日に日に増していくのを傍らで感じながら,陽だまりの保育保障に対する熱い思いが伝わってきました。こども達も小さな身体と心で受け止め,最後の最後の伸びを大人に見せつけてくれたように思います。

私の方は,藁半紙漉き,そして和紙染め,さらに生活発表会のラストを飾る荒馬踊りの前垂れを染める作業で一杯一杯でした。型を彫って糊置きをしたのが19日・・・翌日は休日でしたが,大空組は最後の追い込みで登園していたので,糊の天日乾燥をお願いしてありました。

2011send1.JPGそして,21日に妻に手助けしてもらって今年度最後の藍染を行いました。1枚目を染めた時のこと・・・あまりの瓶の水の冷たさに嫌な予感。保温用の電気毛布の電源が切れていました。この寒さで無事に13枚を染め上げることが果たしてできるか・・・青色に透明感を出すまでには至らなかったですが,何とか染めることができました。頑張ってくれた藍瓶に感謝感謝でした。

2011send2.JPG夜はチャリティコンサート・アゲインの最終リハーサルを兼ねた歌い隊の練習。学童も保護者も大空2011を送り出すことに集中してくれていました。本当に嬉しいかぎり・・・保護者会長ひ〜ちゃんは急遽ビデオ操作の大役がまわり,前日の夜中まで練習されたようです。みんなで送り出すのが陽だまり流なんです。

2011send3.JPGリハが終わった後も,職員は生活発表の最終確認に余念がありません。それぞれが自分の役割をこなしながら,今年の大空組の13人を『輝』かせるために本気なんです。そんな緊張感を感じながら,妥協のない仕事(保育)が「育ち」を保障するのだと,毎年この時期に改めて感じます。

2011send4.JPGそして卒園式の前日の朝。恒例の虹組&裕重さんによる寿甘(すあま)を,旅立つ子ども達の未来を祈りながら,切り分けて行く大空組と虹組の担任の心中やいかに・・・

2011send5.JPGこの日の夜も深夜まで作業は続いた。荒馬踊りの前垂れが完成したのも夜半過ぎ。いずみちゃんが,「計画的にやっているつもりなのに,なんで毎年こうなるんだろう」とぽつり。色々な理由があるだろうけど,大人の都合ではなくて,子ども達のために手間ひまをかけるからだと思う。手間をかけると,次から次へと手間が要求され,結果として質の高い仕事になっていく。そのことが陽だまりの卒園式に皆感動し,涙を流させるのだろう。きっと,この先の人生でそうあることではないことだけは確かかもしれない。

3.11を振返る

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2011年3月11日−私は研究室で国会中継の議論を見守りながら同僚と話をしていた。
ドン!と大きな縦揺れ。国会が騒然とした状況になった映像が流れた瞬間に電源が切れてしまい,ただ事ではないという直感に怯えている自分がいたことを,今でもはっきりと覚えている。一向に揺れが納まらず,棚から次々と本が落下し,建物の異様なきしみ音を聞きながら,ただただ机の下でうずくまって倒壊しないことだけを祈っていた。そして,揺れが納まってすぐに妻の携帯に電話をかけた・・・奇跡的に繋がり無事を確認したが,こども達の安否はわからないまま通信が途絶えてしまった。学内の危機管理業務をこなしながら,ラジオから流れる「10メートル以上の津波が来ます!すぐに高台へ避難してください」というアナウンサーの叫びが,その時はまだ実感できずにいた。

車で自宅を目指すが,停電で信号が機能せず大渋滞。その間も度々襲ってくる余震で軽トラ内で揺れを感じるたびに,電柱が倒れてきたらどうしよう・・・橋が落ちたらどうしよう・・・家が倒壊していなだろうか・・・火災は?と緊張しながら進まない帰路に苛立っていた。

そして徐々に高根沢町に近づくと,棟が壊れたり,大谷石の塀が倒壊した風景が目に飛び込んできた。ますます自宅がどうなっているかが気になり,アクセルに自ずと力が入った。目の前に自宅の屋根が見えたときは少し安堵したが,本当に落ち着けたのは既に妻子が帰宅していたことを確認したときだった。既に日は沈み,停電で暗闇に包まれようとしていた。まず,火を炊き,湯を沸かすことから始め,ラジオを常に付けて直ぐに外に出られる部屋に布団を敷き,そこに全員で集まって食事をした。何を食べたのか全く記憶がない・・・余震が来る度に子どもらを起こしては,寒さに震えながら不安な夜を過ごした記憶だけが生々しく残っている。

311home.jpg地震発生後に直感した不安を確実なものにしたのが,次の日の新聞の一面の画像だった。そして幸いにも翌日の昼過ぎに電気が復旧し,テレビをつけた瞬間に報じられていた東北の様子に絶句した。日に日に明らかになる被害の深さに言葉を失い,さらには原発事故で危機管理能力がない政府や無責任な東電に怒りを抱いたのは私だけではないだろう。

陽だまり保育園の新園舎が完成し,落成式直前の出来事だった。子ども達の発達保障のための理想郷を求めてみんなで携わってきた民家保育園構想が実現する間際に,まさかこんな事態になろうとは誰にも予想ができなかった。幸いにも大きな被害はなく,2011年3月22日の引き渡しをもって落成となった。これとは対照的な世界が東北に存在し,ましてや子どもの被害状況を知るたびに心が痛んだ。自分に何ができるんだろうか?と自問しても大したアイデアも浮かばなかった。

最初に動いたのは,やはり寄付行為からだった・・・でも,こちらには自分の生活もあるので限界もある。ガソリンスタンドに長蛇の列をなす中,車中のラジオで応援歌が様々な形で流れているのを聞いていたときのこと。「そうだ,陽だまりには歌がある!」と思い立ち,大空2009の記念CDを引張り出してきて改めて聞き直した。どれもこれも,その時の感傷的な気持ちを和らげてくれるものだったが,東北で途方に暮れているだろう方々にも「必ず夜明けがやってくる」,いややって来ないといけないと「はじめの一歩」を陽だまりのホームページにアップした。その数日後,卒園を間際に控えた大空のこども達が新しい園舍で歌ってくれた・・・聞きながら涙が止まらなかった。同じ時代を生きながら,津波にいのちを奪われた多くの子ども達とこれからの未来に生きて行く子ども達のコントラストがあまりにもくっきりとしていて,その明暗が何とも無念でならなかった。

oozora2010.JPGその後,移転準備委員会改めチャリティコンサート実行委員会が組織され,陽だまりの歌を通して地域交流のあった陸前高田の保育園支援をしていこうと,5月15日に新園舎のお披露目を兼ねて私たちのメッセージを東北に送った。ここからが遺された私たちの挑戦であり,「自然からの恵みを享受したければ今の社会を変えてみよ!」という海からの警鐘に対する試練かもしれない。3.11を迎えて何を感じ,何を考え,そして何を変えることができたのか?改めて自問して欲しい。震災後に聞いている歌「人間失格」がある・・・私自身こんなブログを書く資格があるんだろうか。私は何ができているんだろうか。善人の仮面をかぶっているだけではないか・・・いつも不安定であり,迷っている。それが正直な今の自分である。

人間失格
作曲:Metis  作詞:Metis

もう帰らぬ日の青春
何より自分が大切だった
苦しむ友を救う事さえできなかった
人間失格

つまずく足元に咲いていた
頭を垂れたお人好しな花
色んな者に踏まれる為に
きっと強く立っていたのでしょう?

人を従わせ支配しそんなに自分を大きく見せたいのですか?
君の庭に咲く花は寛大ですか?
心のままにいつも咲いていますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ...君でいいんだよ...
全ていいんだよ...きっといいんだよ...
明日は明日の風が吹く

信じ合うなんてここでは
軽々しく聞こえる
分かり合うなんて言葉は
多分無意味に響いてる

人は誰も弱き生きもの
見えない幸せ探す旅人
過去は暗いままでもいいんだよ
君の笑顔が明日にあれば

人の過ちをあざ笑い 人を責める事が全てですか?
君の空に架けた虹は愛しさですか?
心のままにいつも「好き」と言ってますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ...君でいいんだよ...
全ていいんだよ...きっといいんだよ...
明日は明日の風が吹く

後悔していませんか?
夢を忘れていませんか?
道をはずれていませんか?
下を向いていませんか?
家族を大事にしてますか?
ありがとうと言ってますか?
今誰を愛してますか?
大切な人涙してませんか?
無駄遣いしてませんか?
贅沢をしてませんか?
もうタバコはやめましたか?
楽に生きようとしてませんか?
もう人間やめますか?
人生放棄するのですか?
生きる事は素晴らしいのです
君を今必要としています
故郷を覚えていますか?
バイトは続いてますか?
自分の時間がありますか?
泣けるくらい恋してますか?

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