『私たちにできること−保育園が保育園にできること−』というお便りがでました・・・
「今回のキャンプだけは特別。今まで楽しい!楽しい!キャンプを積みあげてきた陽だまり学童の仲間たちだけど,今回ばかりはちょっと違う。大きな使命をもってチャリティコンサート実行委員会の出向メンバーとして,陸前高田へ出かけます。恐ろしくも悲しい現実を目の当たりにすることにはなるのですが。(中略) 2園が閉園になってしまい,今現在保育が行われているのは8園のみという現状!しかも,被災状況も実に明暗分けており,同じ陸前高田市内においても事情はそれぞれ・・・となっています。なので,『私たちにできること』を『長く長く』『続けていくこと』が必要であると改めて思いました。小まわりのきく支援を!カユイといところに手のとどく支援を!これが実行委員会の理念」
そして,総勢23名を乗せたバスが,8月10日(水)午後11時半過ぎ,一路陸前高田に向けて保育園を出発しました。途中国見PAにて夜明けまで仮眠。そして,9時に1つ目の矢作(やはぎ)保育所に到着しました。チャリティコンサートの収益金で購入した,ピカりんの「夢わかば」紙芝居とCDや本と一緒に,コンサートのダイジェストDVDを添えて,学童さんの代表が園児に手渡していきました。突然の訪問(もちろん事前に園から手紙を出してあります)で,子ども達もきょとんとしていましたが,夢わかばを一緒に歌った後は何となく打ち解けて,帰る時には明るい元気な笑顔一杯で私たちを見送ってくれました。

そして,すぐ近くにある下矢作保育園。ここでは,閉園した竹駒保育園に通っていた園児の半分を受け入れていて,定員30名のところ約60名で保育をしているとのことでした。そして,とにかく保育を展開していくなかで色々なものが足りないということが分かっていくとの現実を聞くことができました。夏はとにかく水着と水泳帽を確保するのが大変だったそうです。これから秋になってくると,また足りないものがでてくると思いますとのことでした。園の現状にあった細かい支援をしていくことの大切さを痛切に感じました。ここでは,園庭から夢わかばを歌いました。歌える園児も多く,プールにはいっていた子ども達も手拍子をしてくれて,野外コンサートのような和みを味わうことができました。そして,帰り際に裸足で駆けてきてくれて,ハイタッチや握手を求められ,学童さんも自分たちの使命を少しずつ実感しながらの旅の幕開けとなりました。

その後,横田保育園そして米崎保育園を訪問し,午前中最後は高田保育所。この園は,新園舎に移った米崎保育園の旧園舎を利用して保育を再開されたところです。元の園舎は市役所の近くにあり,園舎は津波で流されてしまい,園児も亡くなっています。そんな園長の心中は,「夢わかばを歌いたいけれども,今はまだ歌うことができない」という複雑で痛切なものでした。全ての小さな「いのち」の未来を守ってあげられなかったという無念さが,学童に向けて発せられた話の節々から感じました・・・「今でも,パジャマを着せて午睡をさせていません。それは,地震が来た時にすぐに高台へ逃げるためです」と。そして,これから秋にかけて,長袖シャツの支援などがあれば嬉しいとおっしゃってくださいました。これについては,実行委員会でも具体化していきたいと,その場でともパーと相談しました。丁度お昼時だったので,帰り際に年長児だけが教室から出てきてくれました。学童さんが自ら近寄って握手をしていた姿がとても印象的でした。1日も早く夢わかばを一緒に歌える日がくることを祈りつつ,末永い支援が必要と痛感させられた保育園でした。

バスは陸前高田市内を進みます。「壊滅的な被害」というバーチャルな情報がリアルに眼前に広がるインパクトは,とてもとても堪え難いものでした。学童さん達にはどんな現実として映ったのか・・・写真は"MAIYA"という陸前高田の唯一のスーパーマーケット。ここに,高根沢町の農産物が並ぶ日を目前に控えての震災となったところです。地震の数日前に高橋町長はここで最終打ち合わせをされていたということを,チャリティコンサートの相談をしにいったときに話されていました。

でも,今は別の場所で,仮設テンポにて営業を再開されています。今回は,ここに昼食のお弁当をお願いしてありました。500円のお弁当とは思えないほど豪華で,子ども達に人気のおかずと東北の美味しいご飯がたっぷり入っていました。東北の人情が伝わってくるようでした。本当にご馳走さまでした。

午後最初は小友保育所からスタート。時間がおしていたのと,午睡中だったので,代表の学童さんだけで届け物を手渡して次に移動。この園は津波の被害を直接受けることがなかったとのですが,園の駐車場から見た風景は何もかも流されてしまっていました。園舎は無傷とはいえ,脅威の爪痕が生々しく残る場所に建っている風景は切ないものでした。写真の右側の中学校は無事のようでしたが,その右奥にあった小学校は使用不可。ほんの高低の差が明暗を分けるという津波の被害を目の当たりにし,とても複雑な心境になりました。

そして,今回の訪問を実現するにあたり窓口になってくださった広田保育園へ。最初に,あっくんといずみちゃんが町の陸前高田支援隊と一緒に現地入りして,現地の保育園とつながることができた園です。そして,具体的な応援として,7月末の夕涼み会で使う浴衣と甚平が欲しいということで,ご協力を得て行った支援は大成功だったようです。

玄関をくぐると,浴衣と甚平を贈ったときのいずみちゃんのメッセージが大切に掲示されていました。そして今回は,職員に藍染のTシャツを届けました。毎年,職員にお揃いのシャツを園長がプレゼントして志気を高めていたという具体的な話を聞いて,それならば陽だまりの愛(藍)を届けようと,
藍熊染料株式会社さんからインド藍を支援いただき,23着を染めて持っていきました。とても喜んでくださり,帰り際に「皆さんで来ていただいた写真を贈ってくださいね」とお願いしてきました。

そして,藤倉園長から震災当日の貴重な体験談を話してくださいました。実際に写真を見せられたときには,その話がリアルさをまして,子ども達も真剣に感じていました。その話の模様はNHKでも放映されています。
そして,立派な遊戯室にて夢わかばを歌わせていただき,アンコールまでいただきました。さらに,広田保育園の子ども達からも歌のプレゼントがありました。そもそも,陽だまりの保育を陸前高田の支援に役立てたいということから,園で歌い継がれている歌をホームページにアップしたことが,この事業の原点でした。今回,8園中5園で歌わせていただきましたが,歌は心を繋いでくれること実感しました。いつの日にか,陸前高田の子ども達すべてと夢わかばを大合唱できるといいな〜と,また一つ夢ができました。

最後に長部保育所に行きましたが,既に16時を回っていて園児は数人だけ。でも,子ども達は満面の笑みで私たちを送り出してくれました。今回,直接お会いすることのできた先生方,そして子ども達に私たちが勇気をもらったキャンプでした。その日は,18時のフェリーで大島に渡ってキャンプ場に宿泊。食事の支度が始まったのが19時過ぎ・・・お風呂が終ったのが22時過ぎ。もちろん,その後は爆睡の世界に誘われました。
2日目は海岸沿いを一路南下。津波の被害を自分の目で確かめて,そして感じながらバスの中でのディスカッション。子ども達のボキャブラリーでは,とてもショッキングな風景を表現するには酷ではないか?と思うようなものばかりです。でも,私は学童と一緒にチャリティコンサートの理念を実現できてとても嬉しかったです。そして,この取組みを始めて本当によかったと,今回の学童選抜隊から語られた「言葉」から確信しました。また,この子ども達を支えてきたのが,いずみちゃんの保育や若獅子の成果である中高生4人でした。彼らの学童への関わりや発言を聞いていると,その内彼らが子ども達と独自に支援策を話し合い,実現していく日も近いのではないかと感じました。お盆明けには,学童のまとめのディスカッションが行われます。そして,仲間に伝えていこうということで解散となりました。既に時計は21時をまわっていました。本当によく頑張ったと思います。今回のミッションを後方支援くださったすべての皆様に感謝申し上げます。
あっくんが最後に「数年後に同じメンバーで同じ道を辿りたいね」と言ってくれました。そんな長い寄り添いをしていきたいと思います。「末永い」支援のためには,やはり理念や実績の「継承」が大切だな〜と今回つくずく感じました。この体験を記憶に留め,いつまでも忘れることなく一緒に歩んで行きましょう。未来の東北,そして日本を背負っていってくれる子ども達の笑顔と夢を奪わないために・・・