でも,まだ若かった私に東京のエネルギーは新鮮で,強烈だった。なかでも,劇場やコンサートホールは夢のような世界で,週末ともなれば仕事帰りにコンサートに行くのが楽しみだった。そのまた帰りのお酒もたまらなかたことを覚えている。そんな中,話題のミュージカル「ミスサイゴン」のチケットを入手して,本田美奈子の熱演と共に,オーケストラピッチの中から伝わる生音楽が,舞台と一体となるミュージカルの醍醐味を初めて味わった。そんな彼女も白血病に倒れ,最後に歌ったコンサート会場は入院先のナースステーション。そして曲は「アメージング・グレイス」だった。
時は過ぎ,30歳で東京生活を終え,宇都宮に引越し,40歳になろうかというときに陽だまり保育園に出会った。運命か偶然か,はたまた必然か,試練か?あっという間の5年間が過ぎ,多くの人の手によって蘇った民家保育園が生まれた。民家再生としての保育施設としては日本初といってもいい。ハードはお金をかければいくらでも夢を叶えられるかもしれない。でも,陽だまりはそのハードを生かす保育がある。いや,そんな保育があったから古民家が生かされるといった方が正しいかもしれない。
子どもを取り巻く環境は益々厳しく,居心地の悪いものになりつつあるかもしれない。その一方で,ただただ子どもの育つべき環境を追い求める大人がいるのも事実。アメージンググレイスの中に,「私のような哀れな人(ひとでなし)も救ってくださる」という一節がある。歌うことで癒され,歌を聴くことで癒され,明日の生きる希望に繋がるのかもしれない。だから,陽だまりにはいつも歌声が響いている・・・まさに, "Amazing Grace ! How sweet the sound !" である。そんな希望の歌を,第2回チャリティコンサートではBBVが歌い紡いでくださった。被災地の人々の平穏を祈って,そして平和を願って「One」を合唱した。チャリティコンサート実行委員会といい,親父の会といい,どれも素晴らしい活動である。そして,今年から保護者会の中に各種委員会が発足し,既に活動が展開されている。子どもの笑顔のために大人が動く・・・社会の中心となるべきムーブメントである。
しかし,やもすれば平和とか愛とか,祈りや絆といった言葉は当たり前の日常に埋もれがちになる。怒りや憎しみといった一瞬の負のエネルギーに直ぐにかき消されてしまう。でも,最後に望むのは,やはり平和や愛といったやさしさであろう。そんなことをひしひしと感じながらも,何もできない自分がいるのも事実・・・『3.11』は私に何を教えてくれたんだろう。日本社会に何を指し示してくれたんだろう。そして,私自身何ができるのだろう。
Amazing Grace
Amazing grace! How sweet the sound!
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I am found;
Was blind, but now I see.
'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear!
The hour I first believed.
Through many dangers, toils, and snares,
I have already come;
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.
Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost, but now I am found
Was blind, but now I see.
前列右端が樺島さん(茅降ろしワークショップにて)
地震発生後に直感した不安を確実なものにしたのが,次の日の新聞の一面の画像だった。そして幸いにも翌日の昼過ぎに電気が復旧し,テレビをつけた瞬間に報じられていた東北の様子に絶句した。日に日に明らかになる被害の深さに言葉を失い,さらには原発事故で危機管理能力がない政府や無責任な東電に怒りを抱いたのは私だけではないだろう。
花粉症の方にとって,この時期は本当に憂鬱ですが,今年からは更に放射能汚染問題が加わります。既に,
では,花粉による内部被爆はどのように評価されているのでしょうか。詳しくは林野庁の資料をご覧いただくとして,2月から5月の春の花粉シーズンで大人が被爆する最高値を0.553μSvと試算しています。もちろん,この数値であれば汚染の程度は小さいといえますが,マスク等の防御策を取り難い乳幼児を預かる保育園としては,本当に気がかりでなりません。数値の問題ではなく,「いかに無用な被爆を避けるか」という観点が重要なのです。一方で,季節を体一杯に感じさせたいという思い(保育ニーズ)もあり,実に悩ましい問題です。
このように,里山の秋の恵みが享受できなくなると,今でも保全が大変な中山間地の荒廃が進む恐れもあります。このことは,単なる過疎問題の範疇ではなく,製造業だけに頼らない国家ビジョンを策定していく上で見過ごすことはできないと考えます。脱原発を唱えると,すかさず経団連関係が「産業の空洞化を招く!」といって過剰に反応します。しかし,これまで大企業は「ものづくり大国」という代名詞を捨てるかのように,生産拠点を海外に移転してきました。産業別労働人口をみても,今はサービス業が6割,製造業が3割,農林水産業が1割です。このような人の動きと,日本の資源を考えれば,トータルデザインができる人材育成から派生するサービス業の充実,そして高品質,高付加価値のある第1次産業の育成に力点を移すべきです。製造業は,今回の震災による部品供給で評価受けたように,総合的なサービス産業の元で,世界のハイテクをリードする「ものづくり」の技術を保存,発展させていくべきだと個人的に考えています。かつて,繊維産業が空洞化したのは何もエネルギー問題であったわけはありません。世界のファッションをリードするような総合的な服づくりができなかったからです。
(出典:群馬大学
次に,最大使用電力量と最高気温の相関図を作って,相関係数を求めてみました。東京および宇都宮ともに高い相関があり,気温が高くなればなるほど電力使用は増すことがわかります(当たり前ですが)。しかし,図をよくみていただくと,30度を境にデータのバラツキが小さくなる傾向があります。真夏日や猛暑日が多くなってきた現在,30度以上になってきたときに,いかに節電を工夫できるかが鍵になってきます。
野田新政権が発足しました。野田総理は就任会見の質疑のなかで原子力について次のように述べました。新規建設予定の原発に着いては凍結,使用限界を迎えた原発については順次廃炉とするが,電力不足の懸念から現在安全確認中の原発については,総合的な安全を評価した上で,関係自治体の協力を得て運転を再開していくと。再生エネルギー法案は可決されたものの,「脱原発」宣言は行わないという政権姿勢が明らかになりました。今回の福島から得た教訓は,原発の安全神話は存在しないという事実だったのではないでしょうか。だからこそ,私たちは「節電」を共通課題として取り組んできたのであって,単なる電源供給量の不足への対応だったわけではないと思います。いかに無駄を省くか,一瞬にして平常を奪ってしまう原発災害を二度と起こさないために,省エネルギー時代を目指してライフスタイルを省察する夏だったはずです。この夏の総括を家族で話し合って,そして日本が選択すべきエネルギー施策について真剣に考えていってもらいたいと願っています。