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Amazing Grace

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1992年(平成4年)の春。兵庫の山奥で育ち,学生時代を信州のこれまた山で育った私が一つ身で上京した。東京といえば,大学院時代に学会で来るだけ・・・右も左もわからず,道を歩いてぶつかる度に「すみません」なんて一々言っていた。そんな大都会にだんだん慣れてくると同時に,人間味も薄れていくような感じをどこかでもっていた。

でも,まだ若かった私に東京のエネルギーは新鮮で,強烈だった。なかでも,劇場やコンサートホールは夢のような世界で,週末ともなれば仕事帰りにコンサートに行くのが楽しみだった。そのまた帰りのお酒もたまらなかたことを覚えている。そんな中,話題のミュージカル「ミスサイゴン」のチケットを入手して,本田美奈子の熱演と共に,オーケストラピッチの中から伝わる生音楽が,舞台と一体となるミュージカルの醍醐味を初めて味わった。そんな彼女も白血病に倒れ,最後に歌ったコンサート会場は入院先のナースステーション。そして曲は「アメージング・グレイス」だった。

時は過ぎ,30歳で東京生活を終え,宇都宮に引越し,40歳になろうかというときに陽だまり保育園に出会った。運命か偶然か,はたまた必然か,試練か?あっという間の5年間が過ぎ,多くの人の手によって蘇った民家保育園が生まれた。民家再生としての保育施設としては日本初といってもいい。ハードはお金をかければいくらでも夢を叶えられるかもしれない。でも,陽だまりはそのハードを生かす保育がある。いや,そんな保育があったから古民家が生かされるといった方が正しいかもしれない。

子どもを取り巻く環境は益々厳しく,居心地の悪いものになりつつあるかもしれない。その一方で,ただただ子どもの育つべき環境を追い求める大人がいるのも事実。アメージンググレイスの中に,「私のような哀れな人(ひとでなし)も救ってくださる」という一節がある。歌うことで癒され,歌を聴くことで癒され,明日の生きる希望に繋がるのかもしれない。だから,陽だまりにはいつも歌声が響いている・・・まさに, "Amazing Grace ! How sweet the sound !" である。そんな希望の歌を,第2回チャリティコンサートではBBVが歌い紡いでくださった。被災地の人々の平穏を祈って,そして平和を願って「One」を合唱した。チャリティコンサート実行委員会といい,親父の会といい,どれも素晴らしい活動である。そして,今年から保護者会の中に各種委員会が発足し,既に活動が展開されている。子どもの笑顔のために大人が動く・・・社会の中心となるべきムーブメントである。

しかし,やもすれば平和とか愛とか,祈りや絆といった言葉は当たり前の日常に埋もれがちになる。怒りや憎しみといった一瞬の負のエネルギーに直ぐにかき消されてしまう。でも,最後に望むのは,やはり平和や愛といったやさしさであろう。そんなことをひしひしと感じながらも,何もできない自分がいるのも事実・・・『3.11』は私に何を教えてくれたんだろう。日本社会に何を指し示してくれたんだろう。そして,私自身何ができるのだろう。



Amazing Grace

Amazing grace! How sweet the sound!
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I am found;
Was blind, but now I see.

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear!
The hour I first believed.

Through many dangers, toils, and snares,
I have already come;
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost, but now I am found
Was blind, but now I see.

馬頭のカバちゃん

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陽だまりに是非連れて来たい人がいました。馬頭のカバちゃんこと樺島弘文氏である。プレジデント編集長の座を捨て,奥さんの猛反対を押し切って馬頭町(現那珂川町)に2002年に移り住み,田舎暮らしの素晴らしさと現実の厳しさをテンポの良い壮快な文章で,『元プレジデント編集長の田舎暮らし奮闘記』を2005年から5年間執筆されました。

私は丁度その頃,とちぎ子ども学会で環境をテーマに学習会を企画していて,講師に樺島さんをお呼びしたのが最初の出会いでした。それから,研究室の学生が馬頭の産廃処分場問題を取り上げ,那珂川町の自然と環境を守る会で反対運動をされていた樺島さんに再会することになります。そして,現在の自宅を改築(民家再生)するときも,茅葺きを降ろすときと荒壁塗りのときに参加してくださいました。再生が終わり引っ越してくるや否や,近くに迷走していた塩谷広域のごみ焼却場ができるという情報をつかんだ。すぐさま,樺島さんに状況を報告し,アドバイスをいただいたときのこと。メールに「大学人である前に子の親であることを忘れないように」と書いてくださっていました。仕事の関係で町の環境課とは深い関係があり,自分の立ち位置を定めるのに悩んでいたからだ。長年,県の理不尽な最終処分場建設に反対されてきた活動家としての重い言葉に後押しされ,過去の議事録等を全て読み,塩谷広域事務所と抗議の席についたことは今でも忘れられません。

昨年の秋のこと。馬頭の産廃処分場反対活動にアレルギー的な反応を示すようになり,馬頭の自然を守る会が方針を転換しようと,「おらげの山はいいぞ!−これからの那珂川町の風景を考えてみませんか−」と題したシンポジウムを開催することになりました。講演会終了後,久しぶりに樺島さん宅でお酒を飲みながら,主催者からの差し入れのしゃぶしゃぶを頂き,夜遅くまで語り合いました。

そして先日,樺島さんが亡くなったという訃報を聞くことになろうとは・・・趣味のサイクリングに出かけたまま帰らぬ人となられたのです。馬頭に来られて,馬頭を根っから愛されて10年目の節目の年に,還暦を迎えられないまま旅立たれてしまいました。田舎暮らしを通して,今の世の中の理不尽なことをプロの記者として明快に表現されながらも,こんなに素晴らしい田舎を何とかしたいという思いをもって,これまで奥様と息子さんの三人で駆け抜けてこられた樺島さん。是非,陽だまりの土間に座っていただきたかった・・・ご冥福を心よりお祈りします。

kabacyan.jpg前列右端が樺島さん(茅降ろしワークショップにて)

3.11を振返る

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2011年3月11日−私は研究室で国会中継の議論を見守りながら同僚と話をしていた。
ドン!と大きな縦揺れ。国会が騒然とした状況になった映像が流れた瞬間に電源が切れてしまい,ただ事ではないという直感に怯えている自分がいたことを,今でもはっきりと覚えている。一向に揺れが納まらず,棚から次々と本が落下し,建物の異様なきしみ音を聞きながら,ただただ机の下でうずくまって倒壊しないことだけを祈っていた。そして,揺れが納まってすぐに妻の携帯に電話をかけた・・・奇跡的に繋がり無事を確認したが,こども達の安否はわからないまま通信が途絶えてしまった。学内の危機管理業務をこなしながら,ラジオから流れる「10メートル以上の津波が来ます!すぐに高台へ避難してください」というアナウンサーの叫びが,その時はまだ実感できずにいた。

車で自宅を目指すが,停電で信号が機能せず大渋滞。その間も度々襲ってくる余震で軽トラ内で揺れを感じるたびに,電柱が倒れてきたらどうしよう・・・橋が落ちたらどうしよう・・・家が倒壊していなだろうか・・・火災は?と緊張しながら進まない帰路に苛立っていた。

そして徐々に高根沢町に近づくと,棟が壊れたり,大谷石の塀が倒壊した風景が目に飛び込んできた。ますます自宅がどうなっているかが気になり,アクセルに自ずと力が入った。目の前に自宅の屋根が見えたときは少し安堵したが,本当に落ち着けたのは既に妻子が帰宅していたことを確認したときだった。既に日は沈み,停電で暗闇に包まれようとしていた。まず,火を炊き,湯を沸かすことから始め,ラジオを常に付けて直ぐに外に出られる部屋に布団を敷き,そこに全員で集まって食事をした。何を食べたのか全く記憶がない・・・余震が来る度に子どもらを起こしては,寒さに震えながら不安な夜を過ごした記憶だけが生々しく残っている。

311home.jpg地震発生後に直感した不安を確実なものにしたのが,次の日の新聞の一面の画像だった。そして幸いにも翌日の昼過ぎに電気が復旧し,テレビをつけた瞬間に報じられていた東北の様子に絶句した。日に日に明らかになる被害の深さに言葉を失い,さらには原発事故で危機管理能力がない政府や無責任な東電に怒りを抱いたのは私だけではないだろう。

陽だまり保育園の新園舎が完成し,落成式直前の出来事だった。子ども達の発達保障のための理想郷を求めてみんなで携わってきた民家保育園構想が実現する間際に,まさかこんな事態になろうとは誰にも予想ができなかった。幸いにも大きな被害はなく,2011年3月22日の引き渡しをもって落成となった。これとは対照的な世界が東北に存在し,ましてや子どもの被害状況を知るたびに心が痛んだ。自分に何ができるんだろうか?と自問しても大したアイデアも浮かばなかった。

最初に動いたのは,やはり寄付行為からだった・・・でも,こちらには自分の生活もあるので限界もある。ガソリンスタンドに長蛇の列をなす中,車中のラジオで応援歌が様々な形で流れているのを聞いていたときのこと。「そうだ,陽だまりには歌がある!」と思い立ち,大空2009の記念CDを引張り出してきて改めて聞き直した。どれもこれも,その時の感傷的な気持ちを和らげてくれるものだったが,東北で途方に暮れているだろう方々にも「必ず夜明けがやってくる」,いややって来ないといけないと「はじめの一歩」を陽だまりのホームページにアップした。その数日後,卒園を間際に控えた大空のこども達が新しい園舍で歌ってくれた・・・聞きながら涙が止まらなかった。同じ時代を生きながら,津波にいのちを奪われた多くの子ども達とこれからの未来に生きて行く子ども達のコントラストがあまりにもくっきりとしていて,その明暗が何とも無念でならなかった。

oozora2010.JPGその後,移転準備委員会改めチャリティコンサート実行委員会が組織され,陽だまりの歌を通して地域交流のあった陸前高田の保育園支援をしていこうと,5月15日に新園舎のお披露目を兼ねて私たちのメッセージを東北に送った。ここからが遺された私たちの挑戦であり,「自然からの恵みを享受したければ今の社会を変えてみよ!」という海からの警鐘に対する試練かもしれない。3.11を迎えて何を感じ,何を考え,そして何を変えることができたのか?改めて自問して欲しい。震災後に聞いている歌「人間失格」がある・・・私自身こんなブログを書く資格があるんだろうか。私は何ができているんだろうか。善人の仮面をかぶっているだけではないか・・・いつも不安定であり,迷っている。それが正直な今の自分である。

人間失格
作曲:Metis  作詞:Metis

もう帰らぬ日の青春
何より自分が大切だった
苦しむ友を救う事さえできなかった
人間失格

つまずく足元に咲いていた
頭を垂れたお人好しな花
色んな者に踏まれる為に
きっと強く立っていたのでしょう?

人を従わせ支配しそんなに自分を大きく見せたいのですか?
君の庭に咲く花は寛大ですか?
心のままにいつも咲いていますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ...君でいいんだよ...
全ていいんだよ...きっといいんだよ...
明日は明日の風が吹く

信じ合うなんてここでは
軽々しく聞こえる
分かり合うなんて言葉は
多分無意味に響いてる

人は誰も弱き生きもの
見えない幸せ探す旅人
過去は暗いままでもいいんだよ
君の笑顔が明日にあれば

人の過ちをあざ笑い 人を責める事が全てですか?
君の空に架けた虹は愛しさですか?
心のままにいつも「好き」と言ってますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ...君でいいんだよ...
全ていいんだよ...きっといいんだよ...
明日は明日の風が吹く

後悔していませんか?
夢を忘れていませんか?
道をはずれていませんか?
下を向いていませんか?
家族を大事にしてますか?
ありがとうと言ってますか?
今誰を愛してますか?
大切な人涙してませんか?
無駄遣いしてませんか?
贅沢をしてませんか?
もうタバコはやめましたか?
楽に生きようとしてませんか?
もう人間やめますか?
人生放棄するのですか?
生きる事は素晴らしいのです
君を今必要としています
故郷を覚えていますか?
バイトは続いてますか?
自分の時間がありますか?
泣けるくらい恋してますか?

まもなく花粉の季節

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例年にない冷え込み,大雪から今年の花粉の飛散時期は2月中旬以降から本格化し,3月下旬頃がピークと予測されています。今や国民の四人に一人は花粉症を発症しているといわれています。下のデータは医療機関で治療にかかっているデータから算出している都道府県別有病率ですが,スギ花粉症が全国で初めて確認された栃木県は,埼玉とならんで第3位です。

kafunsyo.jpg花粉症の方にとって,この時期は本当に憂鬱ですが,今年からは更に放射能汚染問題が加わります。既に,林野庁の中間報告で明らかにされていますが,杉の雄花と花粉に含まれる放射性セシウムが87地点で調査されました。最高は福島県浪江町小丸の253,000Bq/kgで,下図のように土壌汚染のセシウム積算分布と相関があります。また,同報告書では,旧葉と新葉の汚染についても述べられていて,最高値は旧葉で612,000Bq/kgという高濃度の汚染を観測しています。

sugikafun.jpgでは,花粉による内部被爆はどのように評価されているのでしょうか。詳しくは林野庁の資料をご覧いただくとして,2月から5月の春の花粉シーズンで大人が被爆する最高値を0.553μSvと試算しています。もちろん,この数値であれば汚染の程度は小さいといえますが,マスク等の防御策を取り難い乳幼児を預かる保育園としては,本当に気がかりでなりません。数値の問題ではなく,「いかに無用な被爆を避けるか」という観点が重要なのです。一方で,季節を体一杯に感じさせたいという思い(保育ニーズ)もあり,実に悩ましい問題です。

春はいのちの芽吹きの季節・・・そのいのちが確実に汚染されているのです。それでも,原発は継続され,輸出され,どこかで汚染が繰り返されていくことを批判しても,原発によって作られた電気を使い続けなければならない・・・やはり,制度疲労を感じずにはいられません。発送電分離の原則を1日でも早く実現し,電力を選択できる社会システムを構築しないと,未来を担う子ども達に申し訳が立ちません。
食は日々の生活の糧となり,子ども達の身体をつくる大切な営みです。陽だまりでは保育目標の最初に「よく食べ」という理念を掲げています。福島原発の事故は,これから数十年間,いやもっと長い間,暗い影を落とし続けます。既に60歳以上の方からは「我々が責任をもって食べる」と,低汚染状況をある意味軽く論じられますが,子どもの放射能感受性は大人の4倍であることは,以前のブログでも紹介しました。地産地消や循環型農業を掲げる高根沢町においても深刻な問題だと思います。元気あっぷむらの直売所の売り上げが,震災前に比べて3割減っているのも宇都宮市などの周辺都市部からの買い付けが控えられているからです。

既に保育園にも掲示いただいているかと思いますが,日本科学者会議栃木支部と宇都宮大学職員組合の主催で以下のようなシンポジウムを開催することになりましたので,子どものいのちを守るべき行政,保護者,教員など多くの皆様に御来場いただきたく御案内申し上げます。


シンポジウム「放射能汚染−食の安全をめぐって-」

日時:2012年2月18日(土) 13:30〜16:30
主催:日本科学者会議栃木支部・宇都宮大学職員組合
後援:宇都宮大学消費生活組合・よつ葉生活協同組合
会場:宇都宮大学農学部3101教室(峰キャンパス内)
講演者:
  • 崎山比早子氏(元放射線医学総合研究所主任研究官,医学博士)
『食べものと内部被爆』
Profile
マサチューセッツ工科大学研究員,放射線医学総合研究所主任研究官を経て,1999年から高木学校のメンバーに。高木学校は,プルトニウムの危険性を訴え続けてきた物理学者,故・高木仁三郎氏が市民の立場から問題に取り組む市民科学者を育成するために1998年に創設した団体である。
  • 杉本宏之氏(栃木県庁農政部経済流通課)
『栃木県における農産物等モニタリング検査の状況』
『有機農業の現場から』
参加費:500円(資料代として)
連絡先:日本科学者会議栃木支部(高際) TEL. 028-649-5221
             宇都宮大学職員組合 TEL. 028-649-5029

関連情報
  1. 高木仁三郎著「原発事後はなぜくりかえされるのか」(岩波新書, 2000)
  2. 崎山比早子・高木学校著「母と子のための被ばく知識:原発事故から食品汚染まで」(新水社, 2011)
  3. 上野長一氏作「いろいろ米

震災から半年

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2011年9月11日。東北大震災の6回目の月命日。野田新政権で早くも「失態」が生じ,復興の中心的役割を担わなくてはならない鉢呂経産省大臣が辞任。そして,前官房長官の枝野さんが就任されました。確かに,前職から原発対応,震災対応に当たってこられた経験は豊富だと思います。しかし,原発に関しては結果として情報操作をして,然るべき事実と情報を正確に国民に伝えなかった人物でもあります。例えば,緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI; System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)は,放射能汚染を様々な情報から予測し,住民の避難や安全対策に利用されるべきシステムです。10年前の三宅島噴火のときのSPEEDIによる二酸化硫黄の拡散シミュレーション結果でも,以下のような実力です。


しかし,今回は初期の段階でSPEEDIの拡散予想は公開されませんでした。東大の児玉教授の指摘によると,小児甲状腺ガンに作用する核種である放射性ヨウ素の情報も出されず,実際には拡散する方向へ避難していたことが明らかになっています。120億円ともいわれるシステムは一体誰のために使われているのか

高根沢町は幸いにして汚染が低い地域ですが,それでも私の自宅は今でも線量計が0.13μSv/hを示しています。このままの値ですと,年間約1.14mSvの外部被曝をすることになり,平常時の一般公衆限度値を越えてしまいます。これに内部被曝を考慮する必要があるわけです。私はもういいですが,やはり子どものことを考えると「緊急除染」を自分で実施するしかないと思っています。

東北では,まだまだ「復旧」の段階でしょう。それに加えて放射能の問題があるわけです。津波による水銀,鉛汚染も報告されています。政治家のみなさん,今国民のために投資しないと日本は持続不可能になるでしょう。私たち市民もできることはします。復興税の前に,原発関連予算を国民に明らかにし,聖域をリセットし,それでも復興のための資金が足りないのなら,国民は喜んで増税を受け入れるでしょう。野田首相のキャラクタでしょうか・・・どうじょう精神が国民受けしての支持率かどうかはわかりませんが,今一度「無駄」をきちんと精査したうえで,東北のために私たちが行うべきことを議論したいものです。

追伸
震災から半年。みなさんの今の心境やこれからの自分について,是非コメントいただけたら嬉しいです。
高根沢町産新米の本調査においても,放射性セシウムは「検出されず」という評価が出ました。農家はもちろんのこと,町民も一安心といったところでしょう。しかし,栃木県でも名物の「乳茸」(方言ではチタケ)から,高濃度汚染が報告されました。本件との県境に位置する棚倉町のチタケから,暫定基準の54倍の2万8千ベクレルの放射性セシウムが検出されました。また,日光の鹿肉,宮城県や福島県のイノシシ肉からも高濃度汚染が確認されています。野生キノコや獣肉は常食するものではありませんが,ポイントは人間の管理下にないものほど,今回の原発汚染の深刻さを物語っていると考えるべきところです。菌糸類は雑木林や松林などの腐葉土環境で成育します。そのような土壌環境には,放射性セシウムが表層に残りやすいため,高濃度に汚染されやすいという研究成果が,チェルノブイリ原発以降多数発表されています。ちょっと専門的な文章ですが,日本土壌肥料学会の「森林生態系における放射性セシウム(Cs)の動態とキノコへの移行」を読んでみてください。

titake.jpgこのように,里山の秋の恵みが享受できなくなると,今でも保全が大変な中山間地の荒廃が進む恐れもあります。このことは,単なる過疎問題の範疇ではなく,製造業だけに頼らない国家ビジョンを策定していく上で見過ごすことはできないと考えます。脱原発を唱えると,すかさず経団連関係が「産業の空洞化を招く!」といって過剰に反応します。しかし,これまで大企業は「ものづくり大国」という代名詞を捨てるかのように,生産拠点を海外に移転してきました。産業別労働人口をみても,今はサービス業が6割,製造業が3割,農林水産業が1割です。このような人の動きと,日本の資源を考えれば,トータルデザインができる人材育成から派生するサービス業の充実,そして高品質,高付加価値のある第1次産業の育成に力点を移すべきです。製造業は,今回の震災による部品供給で評価受けたように,総合的なサービス産業の元で,世界のハイテクをリードする「ものづくり」の技術を保存,発展させていくべきだと個人的に考えています。かつて,繊維産業が空洞化したのは何もエネルギー問題であったわけはありません。世界のファッションをリードするような総合的な服づくりができなかったからです。

里山を次世代に継承し,日本の多様な文化を伝えていきたいと考えている私には,今回の原発災害は本当に悔やみきれません。しかしながら,これまで54基も原発を建設してきた時の政府や国に反旗を振りかざしたかといえば,のうのうとその恩恵を受けてきました。その意味において,環境教育を推進している一大学人として子ども達に申し訳ないと痛感しています。先日,原発問題を考えるラジオ番組で,こんな発言をしている推進派がいました。「文明の利器の発達は技術的失敗を乗り越えて深化(進化)してきた面があり,今回の原発事故も同様に国民全体で乗り越えていかないとエネルギー技術の進歩はない・・・」と。原発も一技術ですので最もな意見ですが,その事故を乗り越えていく技術すら確立していない技術に適用すべきではないでしょう。今回の原発事故によって,学術界の問題も見えてきた一幕でした。御用学者 vs 反御用学者 みなさんはどちらを支持しますか?

sandpollution.jpg(出典:群馬大学早川由紀夫教授のブログ)

sandpollution2.jpg
(出典:文部科学省)

節電の夏を終えて

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8月30日に,経済産業省は「電気事業法第27条に基づく電気の使用制限の緩和について」という通達を出しました。詳細はリンクを参照いただくとして,大口需要家に対する電力使用の抑制を解除するというものでした。この報道を聞いて皆さんの節電行為に変化がありましたか?それとも,今後もできるかぎりの節電をしていくというポリシーに揺らぎはないでしょうか。

この夏(6-8月)の東京電力管内の使用電力量のピークと最高気温をプロットした図を作成してみました。データの出所は電力量が東京電力,気温は気象庁です。企業に対する電力使用制限,個人への節電行動の呼びかけから,最大供給量(約5,000万kw)を上回ることはありませんでした。8月中旬に暑さが緩和されたことが功を奏し,その前後の猛暑日を分断したこともあり,何とか凌げたというところでしょう。

power1.jpg次に,最大使用電力量と最高気温の相関図を作って,相関係数を求めてみました。東京および宇都宮ともに高い相関があり,気温が高くなればなるほど電力使用は増すことがわかります(当たり前ですが)。しかし,図をよくみていただくと,30度を境にデータのバラツキが小さくなる傾向があります。真夏日や猛暑日が多くなってきた現在,30度以上になってきたときに,いかに節電を工夫できるかが鍵になってきます。

日本民家の工夫を例にとると,15時から16時くらいまではなるべく屋内を暖めないようにする。かつては建具が木製だったし,そもそも夏場は縁側は全開口することで風を通しました。しかし,最近は周囲のアスファルトやコンクリートの影響を受けて,気温以上に空気が温められてしまうので,家に入ってくる風そのものが家を温め,輻射熱を蓄積してしまい,夕方以降も家が冷えないという欠点があります。そこで大切なのが引き込む風の温度を下げる工夫です。グリーンカーテンやよしずがその役割を果たしますし,16時過ぎに打ち水をするとより効果的になります。そして何といっても身体を夏モードにすることです。夏場に太陽を浴びて汗をかいて代謝を上げることで,太陽の恵みが少なくなる冬を乗り越える免疫力を高めることができるのです。

power2.jpg野田新政権が発足しました。野田総理は就任会見の質疑のなかで原子力について次のように述べました。新規建設予定の原発に着いては凍結,使用限界を迎えた原発については順次廃炉とするが,電力不足の懸念から現在安全確認中の原発については,総合的な安全を評価した上で,関係自治体の協力を得て運転を再開していくと。再生エネルギー法案は可決されたものの,「脱原発」宣言は行わないという政権姿勢が明らかになりました。今回の福島から得た教訓は,原発の安全神話は存在しないという事実だったのではないでしょうか。だからこそ,私たちは「節電」を共通課題として取り組んできたのであって,単なる電源供給量の不足への対応だったわけではないと思います。いかに無駄を省くか,一瞬にして平常を奪ってしまう原発災害を二度と起こさないために,省エネルギー時代を目指してライフスタイルを省察する夏だったはずです。この夏の総括を家族で話し合って,そして日本が選択すべきエネルギー施策について真剣に考えていってもらいたいと願っています。

FUKUSHIMA Impacts

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セシウム汚染された稲藁から拡大する牛肉問題。福島原発から拡散した放射性物質が様々な形で,私たちの未来に暗い影を起こすことは,これからも表出してくるでしょう。そのようななか,文科省と県の実施した航空機モニタリングの結果が公表されました。

また,7月27日の衆議院厚生労働委員会の児玉龍彦氏(東京大学教授)の参考人発言が公開されています。詳しくは衆議院TVで検索いただくと,会議のすべてが視聴できますが,Youtubeにアップされている映像で,児玉氏に関連する部分だけをリンクしておきます。以前,このブログでも紹介した高根沢町での講演会では,疫学調査に基づいたもので,現在の線量であれば「問題なし」という見解でした。これに対して,児玉氏はアイソトープ研究の観点から,どの遺伝子が傷つけられると癌化するかという知見から,政府の対応を痛烈に批判しておられます。それも霞ヶ関とは違って,実際に南相馬市の除染作業に関わりながらの訴えであるので,国民とくに子どもの「安全」を守るとはどういうことかを,具体的な提案と共に参考人発言されています。話の中にも出てきますが,現在の線量値ではなく総量を問題にしないといけないという発言は,今回の牛肉問題に直結します。その意味で,文科省のモニタリング調査を見ていただくと,いかに多くの放射性セシウムが拡散して蓄積(汚染)されたかが分かります。栃木県では,那須町,大田原市,那須塩原市,日光市などに高い汚染が見受けられます。まだまだ私たちは学ばなければなりません。子どもの未来のために・・・

【参考人発言】


【質疑応答】


脱皮

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今年の夏はやはり変です。2週間早く梅雨入りして,2週間以上早く梅雨明け。その後は猛暑続きで,畑はからから。藍の生育にも厳しい夏で終わるかと思いきや,今度は梅雨に逆戻り。しばらく梅雨のような空模様が続くようです。

天候だけではありません。今年は蝉が鳴かない。単に鳴かない年ではなくて,季節がづれているという感じで,盛夏を感じさせるアブラゼミが鳴きません。スイカも今年はとんでもない値段で出回っているように,とにかくリズムがおかしい。

そんななか24日の夜,ムラの生き物調査の打ち合わせの帰り際に,偶然地上に出てきたアブラゼミの幼虫に出会いました。早速自宅に持ち帰って,植木に留らせて子どもと脱皮の観察。でも,なかなか背中が割れずに子ども達は夢の中へ。23時頃に脱皮が始まり,久しぶりに子どもの頃に感動した体験を,お酒を飲みながら楽しみました。背中が割れてから1時間余りで,最後の力を振り絞って抜けようとする瞬間です。

dappi1.JPG尻を振動させながら必至に脱皮しようとする様は,子どもが産道から出ようとする瞬間そのものです。そして,自分自身の抜け殻に前足を掛けて,羽を伸ばし始めます。体中真っ白な姿は,白装束を纏っているようです。このような自然の営みを見ていた人間が,赤子を産み落とすときは白装束を纏うという習わしを作ったのではと思ってしまいます。

dappi2.JPGそして,夜中の2時頃,羽も完全に伸びきって,朝日が出る頃までじっと乾燥を待ちます。この姿はいつ見ても感動します。強引に子どもを起こして見せましたが,どこまで記憶が残っているかは分かりません。でも,朝起きて息子が開口一番,「蝉は?」といって駆け寄ってきました。外に置いておいた植木を見てみると,まだ留っていました。でも,完全に成虫の姿になっていて,裏山に飛んでいくところを見送ったようです。

dappi3.JPG

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